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TRPG落語『インスマス長屋』(三遊亭楽天)のこと

 マスターと呼ばれる司会進行役の語る状況説明に対して、他の参加者も口頭でもって対応を告げ、必要に応じて決められたルールを適用してその成否を判定し、物語を進展させていく、御存知テーブルトークロールプレイングゲームです。
 日本に輸入されてそろそろ40年近くなったこの遊びも、現在にいたるまでには紆余曲折いろいろいろいろもうひとついろいろと、まあ本当に狭い業界にもかかわらず、たくさんの転変があったのですが、おそらく10年ばかり前の自分にいっても悪い冗談くらいにしか受け止めてもらえないだろう事実のひとつに、現在のこの界隈は「クトゥルフ神話TRPG」(「クトゥルフの呼び声」)を中心として動いているというものがあります。
 20世紀初頭の怪奇小説家H. P. ラヴクラフト創案によるクリーチャーや魔道書、異界言語をベースとした恐怖小説群をモチーフとしたゲームシステムは、一頭地を抜いて多くのファンを獲得しています。
 その結果として、現在、クトゥルフを代表格とする邪神などの名前は、驚くほどの認知を受けています。
 それは、落語のネタになるくらいに。

 このTRPGのネタを落語に盛り込んだ「TRPG落語」を演目に掲げているのが、三遊亭楽天という噺家さんです。「ドラゴンほめ」「インタラクティブ死神」「ビホルダー怖い」といった、ファンタジーでおなじみのモンスターやTRPGで使用するダイスを落語にも取り入れています。
 そのTRPG落語のうちの一席「インスマス長屋」を録音したCDが近頃発売されました。(ちなみにあらかじめ申し上げておきますが、録音のせいでしょうか、音はとても悪いです。客席の笑い声が大きく入っているくらいは序の口で、空調の音がずっと鳴っていたりとかします)
インスマス落語
 インスマスというのはクトゥルフ神話がらみの単語で、ラヴクラフトの創造したいくつかの地名のうちのひとつにあたります。アメリカのマサチューセッツ州エセックス郡にある漁村という設定で、「インスマス長屋」はその漁村を舞台に、古典落語の「粗忽長屋」を展開していきます。
「粗忽長屋」の筋は大体以下の通りです。

 浅草の観音詣でにやって来た主人公は、雷門で人だかりに出くわす。
 そこでは、男の行き倒れの身許を知るために参詣人に確認させていたのだった。主人公はそれを一目見ただけで、隣家の熊五郎に違いないと騒ぎはじめる。
 なにしろ名前も素性も検討をつけさせるものをなにも持たない行き倒れだったために、亡骸を管理していた者たちもほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、あわてものの早合点が得意の主人公だけに話が一向噛み合わない。最もひどいのは行き倒れは昨晩から転がっていたというのに、自分は今日の朝熊五郎に会ったと言い張ってきかない。ついには当の熊五郎をここに連れてきて、この行き倒れと同一人物だとみんなに証明してみせると息巻いて帰ってしまう。
 そうして一旦長屋に戻った主人公は隣室にいた熊五郎を説得しつつ、なかば無理矢理雷門にまで連れ出す。
 一同見守るなか、菰にくるまれた死体と体面するなり、
「ああ、俺だ!」
 ひとしきりの愁嘆場をくり広げた後、悔みをするために長屋へ連れ帰るといいはじめる。
 そうして自分の亡骸と信じて疑わない行き倒れを背負った熊五郎が、ふと思いついたように、
「この背中におぶさっているのが俺だっていうのはわかったけど、だったらこの背負っている俺はいったいだれなんだろう」


 こうした不条理な展開を、正気を失った状況ととらえ、クトゥルフ神話TRPGにおける正気度の著しく下がった状態(SANチェックという単語を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。あれはこのクトゥルフ神話TRPGにおいて、大きく精神にショックを受ける状況に遭遇した際に行う、気持ちを落ち着けることができたかを確かめる判定方法をいいまして、失敗すると時にあっちの世界に行ったきり戻ってこれなくなります)と同様とみなしたのだそうです。
 と、ここまで申し上げてなんなんですが、噺の内容といたしましては、「インスマス長屋」はまんま「粗忽長屋」です。行き倒れの素性がわからず困っているところに主人公が訪れひっかきまわすところも同じなら、そこから隣の男をつれてくるところも同じ、隣家の男が「熊五郎」ってところまで同じです。
 じゃあ、どこが違うかといえば、主に地名ですね。江戸からインスマスに移った以外にも、浅草の浅草寺がダゴン秘密教団の教会に、前日に熊五郎が飲みに行っていたのが近隣の町アーカムに、という具合です。
 これが案外とよいくすぐりとなっていて、「みんなこんな風にしゃべっているけれども、使っているのは英語ですからね。私はそれを落語に翻訳しているんです」などは、ついつい笑ってしまいますし、「粗忽長屋」では熊五郎が「昨晩は浅草で飲んでいたんだけど、いい心持ちになっていつどうやって帰ってきたかわからない」というくだりが、ラヴクラフトの生きた禁酒法時代のアメリカに時代を移しますと「ほら見ろ、お前ェ、悪い安酒飲んで死んじまったんだ」と続いて妙なリアリティを持ってきます。
 そんな感じで、インスマスの長屋に住む熊さんと主人公の掛け合いを主にした「粗忽長屋」が展開し、上述のサゲ(いわゆるところのオチですね)が訪れて終わりかと思ったところで、元の噺にはない一言が添えられて締められます。
 短いものなのですが、インスマス住人がほぼ不死であるという事実を思う時、原話の「インスマスの影」のラストを髣髴とさせる雰囲気を醸し出す、不思議な余韻をもたらすもので、是非ともこれは実際に聞いていただきたいと思います。

 この「インスマス長屋」の収録されているCDには、もう一席「死神」の口演も収録されています。
 楽天さんは、ダイスを振って結末を変化させる「インタラクティブ死神」という噺も高座に上げているとのことなのですが、こちらに録音されているのは通常の「死神」です。(ダイスを使って、というのは録音ですと状況がわかりませんから、正しい判断だと思えます)
 この「死神」という、人にとりついた死神を見つけその退散させ方を知った主人公のストーリーを扱う古典落語の演目につきましては、以前にこのブログでも紹介させていただいたことがあります。(当該記事はこちらです→「陽光礼讃」
 ですので詳細はそちらをご参照いただくといたしまして、「死神」をやる(聞く)際に最も注目されるラストの扱いについてを。
 主人公の男が、死神の復讐を受け、寿命の蝋燭の火を移し替えようとする場面ですが、こちらにはいくつかの型があることは既に先の記事でも紹介していますが、楽天さんの型は、昨今なにかと話題になることの多い立川志らく師匠のものを踏襲しているようです。
 ただし、志らくよりさらに崩した形となっていて、むしろ蝋燭にまつわる流れでは楽天さんのやり方が自然に思えます。
 とにかくこちらも気になる方は一聴をおすすめいたします。

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