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A Conversation with Zack Davisson 試訳

 水木しげるの英訳作品があるというのは、以前に立ち寄った古書店で『のんのんばあとオレ』の実本を目にして初めて知りました。
 すごく心動かされたものの、アメコミに手を出している金銭感覚からしても、少々決断には躊躇いを覚える値段がつけられていたので、その時は泣く泣く見送りました。
 それが2年ほど前の話になるのですが、以来、なんとなく水木しげるの海外需要というのは気になっておりました。
 そこに先月、ふとながめておりましたアメコミ関係の情報サイトで、水木作品を英語翻訳している翻訳者のインタビューという記事が紹介されておりました。
「A Conversation with Zack Davisson」と題され、その名前を調べてみますと、水木しげるの鬼太郎だけでなく『昭和史』『総員玉砕せよ!』『劇画ヒットラー』などまで翻訳されており、さらに『Yurei: The Japanese Ghost』という著作までものしているとうかがい、どうやら日本のフォークロアにも詳しい方のようで俄然興味がわいてきました。
 そこで以下、試訳という形で、なんとか日本語らしいものにしてみました。
 水木しげるが海外でどのように興味を得ているのか、日本の妖怪やフォークロアの受容についてなど、先達のわずかな参考にでもなりましたら幸いです。
 とはいいましても、ひと月時間かけてこれです。もとより、誤訳、悪訳、珍訳、「そもそもこれ日本語になっているのか?」なところまで不備は数えきれないほどあると思います。御叱咤の上御教示いただけますと幸いです。

元サイトはこちらです。
http://www.tcj.com/a-conversation-with-zack-davisson/

 ザック・デイヴィソンZack Davissonは作家であり、日本文学の翻訳家である。広範囲に渡る日本民俗についての著作を持つ研究家だが、コミックファンにはもっぱらその翻訳刊行物によって知られている。翻訳ではダークホース社より出版された今敏の作品を手掛けているが、その名を広く知らしめたのはドロウン・アンド・クォーターリーDrawn and Quarterly(以下D&Q)社による水木しげる著作による。
 過去十年で英語に訳されたコミック作家のなかでもおそらく最も偉大な一人、水木の画業は二十世紀日本と個人史を重ねた『昭和史』シリーズから、第二次世界大戦の最後の日々をやけっぱちな一兵卒の擬似自伝形式で描いた『劇画ヒットラー』まで多岐に渡る。水木は二〇一五年に死去するまでの最後の十年間に国際的な賞賛を集め、米アイズナー賞や仏アングレーム国際コミックフェスティバルでのゴールデン・ワイルドキャットなどを受賞している。彼は日本で著名な鬼太郎というキャラクターを遺した。
 鬼太郎(もしくはゲゲゲの鬼太郎)は自身も妖怪の一員でありながら、邪悪な妖怪や化け物から人間を守ってくれる。デイヴィソンは「日本のヘルボーイ」と説明しており、たしかに両者には類似関係が見られる。英語での翻訳こそまだはじまったばかりだが、日本ではすでに数十年の歴史を有する巨大なポップカルチャー現象なのである。実写化作品があり、アニメーションでは映画作品とテレビシリーズが複数存在し、彫像まで作られている。デイヴィソンがそれぞれの作品と、鬼太郎の尽きぬ魅力について語ってくれた。

 ――鬼太郎を知らない人のために説明をお願いできますか。

 ザック・デイヴィソン(以下略):鬼太郎は妖怪――それも地下世界で暮らしていた幽霊族の最後の生き残りです。その身がほとんど破壊不能なのに加えて、針状にして発射できる髪の毛に、祖先の髪で編んだ強い力を秘めたちゃんちゃんこと、広い攻撃範囲を持つ武器を具えています。それに妖力のこもった下駄を履き、胃には蛇を飼って、手は切り離しが利いて自由に動かせます。
 自身が妖怪でありながら、鬼太郎は人類を脅かす悪い妖怪を相手にその力を駆使して戦います。いうなれば、日本のヘルボーイでしょうか、もっとも千倍は奇妙奇天烈ですけど。

 ――「日本のヘルボーイ」というのは非常にしっくりときます。あなたは日本の妖怪について研究され、論考もたくさんお持ちですが、そちらの方面でも少しお話をうかがえますか。

 それは非常に込み入った問題です。なにしろいくつかの本の主題がまさに「妖怪とは何か」ですからね! 妖怪は「モンスター」や「精霊」以上に単純な定義をしにくい存在です。だれもが独自の解釈を持っているのです。私は、水木と同じく江戸期の用法に依って、超自然的なエネルギーの化身とみています。日本では、この世には不可思議な力が人知れず流入しており、時折それが顕在化するという俗信があります。この妖怪エネルギーは、可視不可視を問わずほとんどどのような形状も思いのままにとることができます。その姿は何十万種類にも及びます。世界のあらゆる不思議な場所、獣人、いたずら妖精もまた、このエネルギーが形を得たもの―妖怪なのです。

 ――数年前に刊行されたD&Q社の鬼太郎を持っています。どのような意図があって、より小さな版型で、改めて翻訳シリーズを再開されたのですか?

 ビジネス面での意図は、私はお話できません。(D&Qもそれはうなずいてくれるでしょう)ただ、手に入れやすさを重視したというのはあります。重厚な本は風格がありますし、『劇画ヒットラー』や『昭和史』といった大冊には相応しいでしょう。けれども、私が何人かの親御さんから聞いたところでは、鬼太郎は分厚過ぎて子どもの手では抱えていられないということでした。私は小さな版型を好みますし、リュックにひょいと入れておきたいんです。それと値段もあまり高くなりませんしね。
 この何年間かは水木しげるのシリアスな作品に接するには恵まれた期間でした。次々と作品が翻訳出版され、それを楽しむことができました。次に私は、子どもたちが鬼太郎に親しんでほしいのです。水木しげるが、彼らのために描いた鬼太郎で!

 ――これから数年で七冊の鬼太郎本の刊行を予定されていますが、これで鬼太郎シリーズは全巻となるのでしょうか、それともまだ他にもエピソードはあるのですか。

 こんなもんじゃありませんよ。水木しげるは六十年以上のキャリアを誇る作家です。そのうち鬼太郎は大きな割合を占めています。鬼太郎のキャラクターは年代ごとに変化していきました。怪奇色の強い貸本時代の『墓場鬼太郎』、現在私たちの手掛けている六〇年代の少年向け作品、大学に行くくらいの背格好に成長した鬼太郎を主役に十代のセックスコメディを描いた怪作『その後のゲゲゲの鬼太郎』。また、水木しげるは自らの政治的な発言にも鬼太郎を利用しています。反アメリカ的な『鬼太郎のベトナム戦記』のような。
 日本では最近全三十三巻からなる『水木しげる漫画大全集』が刊行されました。[訳注:第一期大全集のこと。現在では第二期三十五巻が完結し、第三期三十五巻が予定されている]そのうち鬼太郎関連の巻は十七巻あり、それぞれが五百ページを超えています。鬼太郎の全貌などまだまだ見えてもいません!

 ――それでは最初の御本『The Birth of Kitaro』について聞かせてもらえますか。

 この本を鬼太郎ワールドに飛び込む最初の一冊にしてもらえたらと思っています。ここには鬼太郎の誕生が収録されています。水木しげるはこのエピソードを何度か漫画にしていますが、私は最も完成度の高いと思う『ガロ』のものを選択しました。次いで最初の猫娘のストーリーを入れています。以前の本では猫娘の出番がなかったのですが、その結果、彼女に大きな需要があることを知りました。これは堅実な発想でした。なにしろ猫娘は、ポパイでいえばブルートみたいなもので、非常に大きな役どころを演じ、販売促進をしてくれるからです。にもかかわらず、オリジナルとなるコミックが取り沙汰される機会は多くありません。けどこれは快作で、愉しみのごった煮なところがあります。牛鬼の話を入れたのは、このエピソードが面白いのはもちろん牛鬼が強大な怪物だからです。つけ加えるとするなら、収録作品のページ数のバランスを調整しようとしたところもあります。
 鬼太郎の物語は時間軸や連続性を頓着していません。その時々で読み捨てられるように描かれています。ですから水木しげるは、話の前後のつながりを重要視していませんでした。おかげでどの順番で読もうとも違和感がないのです。

 ――先ほど「貸本時代の『墓場鬼太郎』」とおっしゃいましたが、貸本とはどういったものですか?

 貸本は現在のマンガ文化のプロトタイプとなった第二次大戦直後の娯楽のひとつです。基本的に当時のコミックは子どものこづかいで手が出るほど安価ではなかったため、少額の料金で貸し出しを行ってくれる店を利用したのです。水木しげるはその貸本用のマンガ誌に作品を描いていました。さほど成功したわけではありませんが。水木は” Tales From the Crypt”や” Vault of Horror”といったアメリカのECコミックスのホラーコミックに影響を受けています。この時期の作品は、暗くておどろおどろしく、大衆向きとはいいがたいものがあります。『墓場鬼太郎』にしても陰鬱で、よく知られているキャラクターとは様相を異にします。
 実際、テレビ局の役員は、水木に作品の明朗化と「墓場」という題を避けるように提案しました。その結果が「ゲゲゲの鬼太郎」だったのです。

 ――今回刊行予定に入っている鬼太郎シリーズは全て六〇年代のものから採録されていますが、以前の翻訳では別の時期のものも含まれていたのですか?

 以前の本も六〇年代から採ったのに変わりありません。この時期は鬼太郎物語の黄金時代といって過言ではありません。作品内容としても水木しげるは全力投球していますし、後期のようにアシスタントにまかせきりではなく自分で筆をとっています。

 ――多くの鬼太郎コミックのなかで、子ども向けの作品が占める割合はどの程度なのでしょうか。また、一般的な認識の鬼太郎像はどの時代のものなのでしょう。

 大ヒットを記録した六〇年代の鬼太郎がスタンダードなものになっていきました。ストーリーとしてもこの時期に集中しています。『墓場鬼太郎』はそれほどではありません。絵は荒いですし、ストーリーが西洋のコミックスからまるまる頂戴しているものもあります。私は好きなのですが、それでも次の段階のための足がかりというべきもので、プロトタイプの観は否めません。
 それから八〇年代や九〇年代になると、例えば『その後のゲゲゲの鬼太郎』のような怪作が描かれるようになります。水木しげるが、自らの手で作品をこのように展開させたという点では興味の尽きない作品群ですが、ほとんど日本では読まれていません。日本人でも「水木しげるがこんなものを描いていたのか!」と驚くんじゃないでしょうか。とはいえ御大自身はなんら恥じることはなく、それらも『漫画大全集』に収録されています。

 ――水木しげるは実際のフォークロアを作中で活用していましたか? それとも全ては創作なのでしょうか? 混合ですか?

 まったくごちゃ混ぜですね。水木の創作フォークロアが根付いてしまって、今となっては原話を分離することが困難になっているものもあるほどです。西洋におけるディズニーと同じように、水木の創作が原話にとってかわり、今の子供達に引き継がれていたりもします。
「実際のフォークロア」というのは語りえない、とても厄介な質問です。突如炎を吹き上げて燃え落ちる吸血鬼は「正しい」と思われがちですが、実のところは映画起源であって、民俗的な資料は見出せません。フォークロアは広がっていきますし、水木はその展開の重要な位置を占めていました。もし、妖怪の背景についてたずねるなら、その多くが、やはり同じような創作者である鳥山石燕から来たっていることに気づかされるでしょう。実際のところ、妖怪の創造は妖怪の大いなる伝統の一部だといえます。もしあなたが妖怪作品を書こうとする際に、わずかでも独自色をこめなければ、要点をとらえ損なうことになるでしょう。

 ――妖怪図鑑やパズル、ゲーム、それに鬼太郎の歴史などといった付随的な資料を盛り込むことについてはどうお考えですか。

 それらは概ね私の仕事に含まれます。D&Q社は積極的に後押ししてくれましたし、それどころかもっといかれた私のプランも受け容れてくれました。私は翻訳家であると同時に作家です。そして私はDVDの特典映像みたいなものが大好きなんです。私は、そうしたオマケ要素的なものがストーリーの深層や背景を確かなものにすると考えています。水木しげるとその妖怪ワールドをこの上なくサポートしているのです。
 こうしたオマケ要素もまた水木自身の意思を反映したもので、それをもとに日本では刊行されています。水木は作家であるとともに学者でもあり、その著作には妖怪の歴史についての記事で満ち満ちており、小窓での妖怪図鑑やクイズにゲームといったもので読者が妖怪知識を確かめられる工夫がそこかしこで施されています。インターネットの登場する何十年も前から、フェイスブッククイズをやっていたようなものです。これは日本では現実の話です。政府が後援する妖怪検定が毎年行われ、それを受ければ妖怪知識の深浅によって等級が送られます。[訳注:「境港妖怪検定」のことか。正確には後援は政府ではなく鳥取県、境港市、調布市の地方自治体]最近では五歳の女の子が、最年少で初級の妖怪博士になっています。それらのすべては水木と鬼太郎からとられています。
 本当のところ、一日の終わりにゲームやパズルに興じるのは最高の楽しみだと思う。そうして私は”Birth of Kitaro”を楽しみたかったんです。読者にもこの気持ちが伝わればいいのですが。

 ――鬼太郎は児童向けコミックになり、映画、ラジオ劇、ビデオゲームになっています。鬼太郎をモデルとした像もありますね。その知名度はどれほどのものと思われますか。

 日本における鬼太郎の知名度について語るのはとても難しいのです。彼の人気はミッキー・マウスのレベルを超え、文字通り万人が知っているくらいです。けれども、「何故?」と問われると返答に窮します。個人的な見解ですが、鬼太郎はキャラクターの三巨頭の一角を占めています。鉄腕アトムは日本人の明るい未来像を表象し、キティちゃんは日本の現在のスタイリッシュな希望を表象しています。そんななか、鬼太郎は霊的過去、日本人を取り巻く不可視で驚異的な世界とつながっているのです。
 日本人は、カミや妖怪、魑魅魍魎を感じながら育ち、暮らしています。鬼太郎はそうしたあちら側を友好的に人格化した存在なのです。彼が去っていってしまっては、二度と目にすることができなくなる場所の。

 ――あなたが今敏の後期作品をダークホース社より翻訳刊行されたことは多くの読者の知るところだと思いますので、それ以外の翻訳・著作物についてお聞かせいただけますか?

 現在は、講談社のために、松本零士の『クイーンエメラルダス』と藤田和日郎の『黒博物館 ゴーストアンドレディ』が進行中です。ともに途方もない作品で、やり甲斐を感じています。特に『クイーンエメラルダス』は私にとって意義の大きい作品です。なにしろ松本作品で育ち、すべてを網羅したいと考えているのですから。
 友人のマーク・モールスと手を組んで自費出版している『ナロウロード』に加えて、イメージコミックスから出版されている『ウェイワード』についてのエッセイも書いています。『ナロウロード』には自信があり、我々は「『楽しいかわべ』の世界のヘルボーイ」と呼んでいます。老仏教僧の波乱に満ちた冒険の旅を描いたもので、いまは二番目のストーリーに着手しています。こいつはすごいですよ。それから、まだ発表されていない仕事もいくつか抱えています。いうまでもなく、大忙しなんですよ!

 ――翻訳への挑戦についてこれまで書かれてきていますが、水木しげる作品を日本語から英語に訳すにあたって最も難しいと思える個所はどういったところでしょうか。

 どのような翻訳でも同じですが、最も苦労するのは第一声にめぐり合うことです。『昭和史』に手をつけたとき、水木しげるを英語として受け止めるのにもがきました。水木しげるの頭脳を手に入れ、皮をかぶらねばならなかったのです。水木は、容易に高尚と卑俗の間は行き来し得るということに格別の試みを行っていました。彼は学術用語から俗語までまったくリズムを失うことなく自由に往来できます。何故ならともに自身のうちにあるものだからです。大学で講義に下卑た冗談を組み込むなんていうのもお手の物です。翻訳家として、私はこの節目を同じように自然に聞こえるようにしなければなりません。

 ――秋に刊行される鬼太郎の次巻はどのようなものでしょうか、何が収録されていますか。

 クオリティは変わりありません! 次巻で鬼太郎は、悪名高いぬらりひょん、おそるべき皿小僧、その他もろもろの無気味な妖怪たちと対峙することになります。非常におもしろい一冊になりますよ。これからの続刊同様に!

 

――D&Q社はこれまで『のんのんばあとオレ』『総員玉砕せよ!』『昭和史』といった日本の二十世紀を描いた数多くの水木作品を出版してきました。さらに翻訳されるべき作品を挙げるとすればどのようなものとなりますか。



 私にまかせてもらえるとするなら、『水木しげる漫画大全集』全巻に取り組むでしょうね。そして万人に購入してもらって愛読してもらいます。とはいえ、それが現実的でないことくらいわかっております。私の希望リストはD&Qに提出し、緩やかながらもそれに沿って作業は進行しています。
 鬼太郎の後に出す刊行物としては、水木の真面目な著作に立ち返り、『遠野物語』を予定しております。これは遠野地方の話者による日本のフォークロアの翻案であり、自伝であり、歴史書であります。馬姦もあるよ!
 それから、純粋なホラー作品にも手を伸ばしたいですね。H. P. ラヴクラフトの「ダンウィッチの怪」を翻案した作品や、『DEATH NOTE』に影響を与えた短編なんていうのがあるんですよ。これら初期作品は絵も荒く、ECコミックスの模倣が明らかだったりするのですが、抜群に面白いんです!
 それから、えーと、やっぱり全部ですね。水木サンの猫の話たちや、「姑娘」[訳注:原文ではGunlangだがGuniangの誤植と思われる]と呼ばれる中国人の性奴隷について描いた戦時の悲痛な報告、日本の古典的幻想小説『雨月物語』の翻案作品、トライ族との生涯に渡る友情譚『トペトロとの50年』、もっと鬼太郎やより滑稽な『河童の三平』なんて作品でバランスを合わせながら。それから「糞神島」なんていう本当の怪作がダメなわけがないですよね?

 ――『糞神島』というタイトルのついた本が売れるようにと思っていますよ。

 ああ! そのために頑張りますよ! カバーを目にしただけで、傑作っていうのがどんなものだか一発でわかるようなものを見せつけてやります。
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テーマ : アニメ・コミック - ジャンル : アニメ・コミック

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