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パンク刑事の再度の挨拶

 今とは少し歴史的事件がずれたイギリス。
 コナン・ドイルやルイス・キャロルはその有名な主人公にまつわるもう一編の著作をものし、元ビートルズのジョン・レノンはアメリカに移住しなかったおかげで命をながらえているような、大筋は変わらないけれども細部に差違が見出されるパラレル英国。
 そこでは第一次世界大戦以降の世界不況がわれわれの知るよりも甚大に社会に根を下ろし、経済の見通しは底なし沼の底をのぞくよりも難しく、特に首都ロンドンの犯罪発生率の増加は目を覆うばかりで、凶悪化と奇怪化もとどまることを知らなかった。
 事件に対する捜査員の人数の圧倒的な不足はもはや付け焼刃の対策では如何ともしようがなく、とうとう政府はある方針を決定する。それがスコットランドヤードの刑事の、ほぼ無審査門戸開放だった。
 市井に溢れる求職者を刑事に仕立て上げることで職業不安定・犯罪発生率上昇・検挙率の低下を一挙に解決する画期的解決策と、机上では理想的な回転を見せた決定だった。
 けれども、あにはからんや、というよりはむしろ案の定、ヒッピーやパンクスまでがスコットランドヤードになだれ込み、警察機構としての機能はほぼ麻痺、汚職・収賄のまかりとおるはき溜めになり果ててしまった。
 司法の堕落と腐敗は、それだけならば官僚の問題と、だれもさして真剣にはとらえなかっただろうが、なにしろ凶悪事件は待ってはくれない。主に上流階級よりそうした現状の改正を強く求める声があがり、それはひとつの法案を生むことになる。
 シャーロック・ホームズ以来の伝統を持つ、警察権力と直接のかかわりを持たない私立探偵の優越を定め、司法とはまったく独立した国家に帰属する捜査機関としての権利を認めたのだった。
 こうして、事件を解決する私立探偵「探偵士」とそれによって検挙された犯人を管理する警察という、小説のような構図が、法的に根拠づけられてしまったのだった。
 物語は、そんなパラレル英国の、やはりボンクラ警察に所属するパンク刑事キッド・ピストルズと相棒の女性刑事ピンク・ベラドンナが、イギリスの童謡「マザーグース」の調べに見立てられる事件に巻き込まれていくところから端を発する。


SCKP_FC.jpg パラレル英国を舞台に、モヒカン頭のスコットランドヤード刑事キッド・ピストルズの活躍する、現在のところ最新刊のミステリ中短編集『キッド・ピストルズの醜態』を読みました。
 1991年の『キッド・ピストルズの冒涜』からはじまり『妄想』『慢心』『最低の帰還』に続く第5作目(番外編ともいえる長編『十三人目の探偵士』を含むと6作目)、しかも初版は2010年でもう5年も前ときておりますので、長期シリーズというよりは、不定期刊行物という方がしっくりくるような気もします。
 どの話も冒頭に英米の古典童謡マザーグースの一節が掲載されていて、それが話全体を象徴する作りとなっています。とはいいましても、『そして誰もいなくなった』のように、話の中で犯人から不可解な謎として提出されるわけではなく、そういわれればそういう風に見える、程度の見立て、それも探偵側からの見立てであることが多いです。
『キッド・ピストルズの醜態』の収録作品は以下のようになっています。

「だらしない男の密室」 ふと目を覚ますと、鍵のかかった見知らぬ部屋にひとり取り残されていた。鍵はすべて内側から掛けられ、床には膨大な量の書類が散乱し、壁には不気味な棺桶が立てかけられている。そして隣接するバスルームにはバラバラに分断された男の死体が……
 単行本冒頭を飾るのに、とってもソレらしい、不可解なクローズドルームをテーマにした一編です。
 通常密室は内部に生存者がいないことを前提としているのですが、それを逆手にとって、前後不覚に陥った人物がひとり、死体とともに密室に取り残されていたらどうなるか、に挑んでいます。
 パンク族のキッドとピンクによる掛け合いが比較的多いのも楽しいところ。

「《革服の男》が多過ぎる」 女性ばかりを誘拐し、その皮をはいで殺害するという猟奇的な《革服の男》事件。その解決から1年を経て、再び同じような手口での殺人が発生した。犯人は元の事件の模倣犯なのか、それとも……
 収録作品内では最も怪奇色が強く、《革服の男》の不気味さが迫ってきます。
 ロンドンといえば霧という、他国の人間からすれば常套的に感じるシチュエーションと、猟奇事件がマッチした作品でした。ハロウィンの時期というのも雰囲気を盛り上げていて、個人的にはラストのお菓子の扱いがいかにもという感じでなんだか好きです。

「三人の災厄の息子の冒険」 映画『SAW』を思わせる覆面の人物によるビデオメッセージからはじまるマザーグースの歌詞を用いての連続娼婦殺人。やがてその矛先はまったく同じ顔をした3人の男に向けられて……
 最後は密閉空間の息詰まりと白い色の印象に残る、いわくいいがたい後味を持つ作品で幕を下ろします。

 山口雅也は、アメリカを舞台に当時まだ日本ではあまり知られていなかったエンバーミングを物語に巧みに取り入れた1989年の長編『生ける屍の死』でデビューを飾って以来、外国文化と日本文化の折衝を多かれ少なかれ物語に折り込み、エキゾチシズムだけでない郷愁さえ覚えさせる味わいに換えていました。
 キッド・ピストルズのシリーズは、長年断続的に書かれただけあり、その異国情緒は最も顕著なものであり、ページを開くやいなや意識は遠く英国へと誘われます。
 正直申し上げまして、この『キッド・ピストルズの醜態』は、本格ミステリという観点からするとかなり辛い点をつけないわけにはいかないでしょう。
 けれども、シリーズも既に5作目、ここから初めて読む人もまさかいまいと考えるならば、むしろキッド・ピストルズとピンク・Bの掛け合いに再びまみえることのできる喜びこそ賞翫すべき部分だと思えます。
 本格ミステリとしての傑作でしたら、それこそ私達は『生ける屍の死』や『キッド・ピストルズの冒涜』や『慢心』でたっぷりと味わってきました。
 ですので、ちょっと強がりとして、こういうあっさりとした一品を時にいただくのも、悪くない、そういってみてもいいんじゃないでしょうか。

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テーマ : ミステリ - ジャンル : 小説・文学

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