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『ガロ』の水木しげる

 かつて『ガロ』という月刊マンガ雑誌がありました。今はもうありません。
 その『ガロ』を出していた出版社は青林堂、こちらも今はもう……といけば対照がとれるのでしょうが、残念ながらそうはなっておりません。
 1964年ですから東京オリンピックの年に産声をあげた『ガロ』は、白戸三平の「カムイ伝」を巻頭におき、何人かの貸本マンガ雑誌の作家を主軸として船出をはじめました。
 その中のひとりに水木しげるも数えられます。
 水木しげるは『ガロ』の初代編集長にして初代社長でもあった長井勝一と昵懇の仲だったようで(といっても、他の作家も全員そうなのですが)、招聘に応えて創刊号から作品を掲載していきます。
 その『ガロ』に載ったものを集めた作品集が、近頃刊行されました『水木しげる漫画大全集』第64巻「『ガロ』掲載作品」です。

MS064_FC.jpg 集めも集めたり30本以上のマンガに、さらに水木しげる以外のペンネームを用いて書かれたエッセイまで含めているのですから、改めて編集者の飽くなき情熱と丁寧な作業には頭の下がる思いです。
 一読驚いたのが、「水木しげるって『ガロ』にこんなに描いてたのか」という点でした。
 水木しげるは早々に『墓場鬼太郎』で「週刊少年マガジン」に連載を獲得したのは知っておりましたので、『ガロ』に作品を寄せたのは「鬼太郎夜話」のシリーズを除いて極短い期間だと勝手に思い込んでおりました。
 ところが実際には創刊から五年間、ほぼ休みなく作品を提供しています。
 長い水木しげるのマンガ家人生で、現在にいたるまで、ひとつの雑誌にここまで長期間に渡ってコンスタントに作品を発表し続けた例はないのではないでしょうか。
 おそらくそれを可能にしたのは、水木しげると長井勝一との間の友情であったような気がします。
 水木マンガの初期、長井勝一は欠かせない存在でした。三洋社という貸本マンガ会社時代からのつきあいというのももちろんありますが、実生活だけでなく、長井はモブキャラとしてよく水木マンガに登場したのです。
 米粒のような輪郭で下がり眉、目は半ば閉じていかにも幸の薄そうな気弱さが漂い、鼻の穴だけが妙に大きく見え、その鼻筋は長くほとんど顎の先まで伸びている。
NK.jpg 最も有名なところでいえば、『ゲゲゲの鬼太郎』の「さら小僧」で印象的な「ぺったらぺたらこ」を歌っているザ・ビンボーズのメンバーの彼です。
 自分の作品に頻繁に登場させるキャラクターとして、いわば血肉に近い仲のふたりを思わせるエピソードを、呉智英が水木の自伝的エッセイ『ほんまにオレはアホやろか』の解説によせています。
 今でもかんたんに手に入る本ですので、内容は実物に譲るとしまして、そこで呉は水木しげるが長井勝一を「勝っちゃん」「勝っちゃん」と呼んでいることを書いています。
 この呼びかけの雰囲気がとてもやわらかで、それは鋭利な文章の代表である呉智英の筆が笑みにゆるんでいることからも明らかです。
 そうした空気がほとんどそのまま『ガロ』に掲載された作品群にも漂っています。
 読んでいて肩の凝らない、力みの入っていない、それでも手は抜いていないいい心持ちのマンガたちです。
 たしかに当時の世相を露骨に反映したものや、救いもなにもないものもまざっていますが、不思議とどれも読み終えてのあと味はわるいものではありません。
 見知った座敷でごろんと横になっているような居心地のよさが読者にも伝わってきます。
 おそらく、それは水木しげるが『ガロ』という雑誌に感じていた感触なのでしょう。
 この巻には妖怪はほとんど登場しません。そういう意味では、妖怪マンガ家水木しげるの作品集としては少々物足りないところがあるかもしれません。けれども、マンガ家水木しげるとして見た場合、やはり看過できない作品群がきらめいているように思えます。

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テーマ : 水木しげる - ジャンル : アニメ・コミック

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