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百間先生のマクロコスモス

 内田百間(1889-1971)は、昭和のはじめから戦中戦後の時代を経て活躍した作家です。
 作風は日常の風景を無気味な雰囲気に変化させる不条理で不可思議な幻想風小説と、身のまわりで起こるできごとをユーモアのたちのぼる文体で描いたエッセイの二種類に分かれ、現在でも多くのファンを持つのは前者ですが、実際に文名を上げて一躍時の人にしたのは後者でした。
 代表作として挙げられることの多いものに、鉄道旅行記「阿房列車」シリーズと愛猫の失踪を書いた『ノラや』、小説では『冥途』『旅順入城式』などがあります。
 鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』、黒澤明の『まあだだよ』が、それぞれ内田百間の著作をもとにしていることも知られます。

 と、なんとなくわが百間先生のことを改めて紹介するつもりになったのも、ここ最近少々考えることがありまして、著作を順を追ってぼちぼち読み返すうちに、新たな感慨が湧くところがあったからです。
 それは「内田百間というのはこんなにスケールの大きなイメージを描く人だったのか」という点です。
 どちらかといいますと、これまで読んで印象に残っていた百間作品は、「師匠にいいつかって留守番をしていたら小人がやってくる」「鏡という鏡を見ると中からもうひとりの自分が出てくるような気がする」「家の縁の下に狐が棲みついた」などなどで、局所的なイメージを達者な文章で読ませる人という風に思っておりました。
 けれども内田百間の名前を広く知らしめることになった昭和八年刊行の『百鬼園随筆』(百鬼園は百間の別ペンネームみたいなものです)の、飛行機に関するエッセイにはその限定された感じがとても薄いのですね。
 ちょっと話は脱線しますが、内田百間は多くの明治生まれの作家と同じく語学教師を勤めていた経歴を持っておりまして、最も多い時期には陸軍士官学校・海軍機関学校・法政大学の三校でドイツ語の教鞭をとっておりました。そのうち法政大学では昭和四年から航空研究会という、実際にプロペラ飛行機を飛ばす学生サークルの顧問職につき、飛行機にも造詣を深めていくことになります。
 あくまで顧問ですから、自分で操縦することはないのですが、それでも教え子の後ろに乗って周遊する機会は多かったらしく、その経験が初期の文章のところどころに現れてきます。
 その文章がいかにものびのびとしているのですね。
 今回読んでいて、好きになったエピソードで、飛行場で飼われている犬が格納庫から出てきた飛行機のプロペラ試運転時にたつ突風を利用して体についたノミを吹き飛ばすというものがあります。
 いつもの百間先生お得意の真剣なんだかふざけているんだかわからない筆致で、飄々と書かれるこの文章は、今まで気づかなかった豪快な話で、その直後の「四十五万坪の立川の飛行場は蚤だらけの気がして」とむずかるのも、なんとなく視野がぱあっと広がるような心持ちにさせてくれます。
 飛行機という媒介を通じて、速度・音声・高度、もちろん眼下に広がる高層ビルもまだろくにない昭和前期の関東平野を一望する光景などが伝わってきまして、これまで感じていた百間の文章の鋭角に絞る焦点とはまったく逆の拡散されるイメージの開放に、驚くとともに悠然とした足を伸ばしてくつろぐゆったりした気分を味わわせてもらいました。

 しかし、思えば百間の文章は、川面を泳ぐ水鳥がたまらなく愛おしくなって水に浸かって追いかけるうちに周囲の水かさがせり上がっていき川岸や周囲の町村、さらには山々まで飲み込んでもやまず、残されたのは自分と少し前をぱしゃぱしゃ水かきで泳ぐ鳥ばかりになるという初期の短編小説(「水鳥」)をはじめとして、晩年近くに書かれた愛猫クルツの臨終記「クルやお前か」の有名な書きだし、

 蘇聯の衛星船ボストーク三号と四号が地球の外に飛び出して、まわりをぐるぐる廻っているそうだが、そんな事はどうだって構わない。うちの猫のクルツがこないだ内から病い篤く、家の者三人、私と家内と女中と、総掛りで夜の目も寝ずに介抱していた。


 に代表されるように、極大と極小を行ったり来たりするのが特徴のひとつといえるものでした。
 内田百間という「私」が世界の中心にある作家のなかでは、宇宙に飛び出した人工衛星も飛行場の一匹のノミも同じレベルにあるということなのでしょう。
 ただ読者としては、その読んだ時々で、感銘を受ける部分に変化が出てくる。
 以前に私が百間にのめりこんでいた時は、その極小なものに対する視線の細やかさに惹かれていたところが、今回読み返してそれまで目の届かなかった極大の視点のおおらかさを愛するようになった、というところなのでしょう。
 だとすれば、今後ますます、次に見えてくる百間の顔がどういうものかと、期待は高まり、楽しみは募ってきます。

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テーマ : 雑記 - ジャンル : 小説・文学

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