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発売直前紹介『ケーブル&デッドプール:青の洗礼』

CD_01_FC.jpg 少し前に『ホークアイ VS. デッドプール』の邦訳版が出たばかりだっていうのに、今度は『ケーブル&デッドプール:青の洗礼』ですよ。ひと月に2冊の邦訳刊行なんて久しぶりですね。しかも、今回はミニシリーズではなく、オンゴーイング誌の邦訳です。
 というわけで、今月5月30日、ヴィレッジブックスより『ケーブル&デッドプール:青の洗礼』の邦訳版が発売となります。

 上でも少し書きましたが、今回の『ケーブル&デッドプール』というのは、『ホークアイ VS. デッドプール』と違いオンゴーイング誌となっております。
 期限を決めずに刊行されるシリーズで、キャラクターに焦点を当てて話が継続していく作品です。現状ShoProから刊行されているマーベル・ナウ!の『デッド・プレジデント』以降のナンバリングされた作品シリーズがこれにあたりますね。
 対して『ホークアイ VS. デッドプール』のようなストーリーが何話で完結するかがあらかじめアナウンスされているのは、ミニシリーズとかリミテッドシリーズと呼ばれています。
 それでこの『ケーブル&デッドプール』のもととなったオンゴーイング誌「Cable & Deadpool」は2004年から開始された全50号のシリーズで、そのうち『青の洗礼』にあたるのは最初の6話になります。
 ちなみにこの2004年という年は、邦訳の出ているデッドプール関連作品でいえば、短編集『デッドプール:デッド・ヘッド・リデンプション』に収録されている「デッドプール・チームアップ」を除けば最も古いものになります。
 個人タイトルを獲得した第2期「Deadpool」誌よりもさらに前の話ですから、『デッドプール:モンキー・ビジネス』で描かれた自分の生き方に苦悩する姿もまだ確立されておりません。ある意味はちゃめちゃなアメコミキャラクターとしてのデッドプール像に最も近い作品であるかもしれません。
 2004年はマーベルの世界でも激動の年でした。特に「The Avengers」誌を中心にこの年の中盤から末にかけて展開された「アベンジャーズ・ディスアッセンブルド」におけるアベンジャーズの解散と、ラグナロクによるソーの死亡は必然的にパワーバランスに大きな変化を生じさせました。
 スカーレット・ウィッチの暴走に端を発するアベンジャーズ解散は、やがてスーパーヴィランの大量脱獄や「ハウス・オブ・M」に直接・間接的に結びつき、ミュータント人口の激減や統率の薄いヒーローの乱立は、超人登録法の必要に世論を大きく傾かせていきヒーロー同士の信頼に大きな亀裂を生じさせます。その隙をついての異星人の侵略の顕在化、ヴィランによる政治権力の奪取が起こり……
 以降5年以上に渡る長い暗鬱の時代がすぐそこに迫っていたのが「Cable & Deadpool」の開始時期だったといえます。
 ちなみに、邦訳コミックで同じ時期にあたるのは、『ウルヴァリン:エネミー・オブ・ステイト』『アイアンマン:エクストリミス』『アストニッシングX‐MEN:ギフテッド』『パニッシャーMAX:ビギニング』『キャプテン・アメリカ:ウィンター・ソルジャー』といった作品になります。
 ラインナップからしても既存のキャラクター達に、新たな一面を与えるものが多くなっているように思えます。
 そういう点からすれば、これまでのヒーロー像を大きく逸脱したヒーローであるデッドプールの2番目のオンゴーイング誌がこの時期にはじまったのも、時代的な必然性を負っていたのかもしれません。

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キャラクター談義こぼれ話

SBG_FC.jpg 以前の記事でちょっと紹介しましたが、今年の同人誌即売会「ふたば★学園祭11」でもって、八十堂様の『栞ブックガイド』という合同誌に参加させてもらいました。
 ここ数年注目されることの多い『バーナード嬢曰く。』(作:施川ユウキ)をイメージした本で、一部同書のパロディ同人誌っぽい趣きもあります。紹介も文章あり、マンガあり、小説ありとバラエティに富んでおり、
 委託が開始されているようですので、興味をお持ちの方はこちらで通信販売を御利用いただけます。
 名を連ねさせていただいたこともありがたかったのですが、それ以上に得難く思えたのは、新しい本と出会う機会をいただけたことです。
 やっぱり人間生きていますと、好き嫌いが生じてきます。はっきりと「これは好き」「これは嫌い」と自覚できているものでしたら、なにかの拍子に気が向いて苦手分野に手を伸ばすこともあるのでしょうが、自分のなかでさえ明確化されていないものはそうしたきっかけさえなく、目の前を通ったとしてもやり過ごしてしまいます。いわゆるスルーってやつですね。
 そうした意識以前の状況のものに対して目を向けるのは、実感として年をとるにつれて難しくなっているので、こういう後押しは本当に助かります。
 こういうのは勢いが大事ですので、件のブックガイドを読んだ際に、何冊か衝動買いしておきました。
 そのうちで最近読んでいたのが、小池一夫著『人を惹きつける技術』(講談社+α新書)です。
 タイトルからして、新書という形態からして、ビジネス系の自己啓発書かとつい身構えてしまいます。実際、本文にもそううかがわせる部分も散見されます。
 けれども散見です。おまけに、講演筆記を文章になおしたものらしいのですが、小池先生話が乗ってきたのか、後半ではそういうビジネスマンに向けた言葉はまったくうっちゃられています。
 では、そうしてポイという音が聞こえてきそうなくらいに豪快に打ち捨てられたビジネス書部分以外にはどんなことが書かれているのかといえば、それはサブタイトルの「カリスマ劇画原作者が指南する売れる『キャラ』の創り方」にすべて記されています。
 そう、この本、人の注目を集めるキャラクターを創造する方法を記したハウトゥー本なんですね。

 小池一夫。劇画原作者。さいとう・たかをプロの『ゴルゴ13』、『無用ノ介』でキャリアをスタートさせる。その後独立して小島剛夕作画による『子連れ狼』をはじめ、『御用牙』『実験人形ダミー・オスカー』『クライングフリーマン』『弐十手物語』など時代を超えた数々のヒット作を生みだす。
 後進の育成にも早くから熱心で、「劇画村塾」という漫画家・漫画原作者育成の私塾からは、多くのプロの作家を誕生させている。

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発売直前紹介『ホークアイ VS. デッドプール』

 明日、5月25日『ホークアイ VS. デッドプール』が発売となります。
 この作品については以前に当ブログでも紹介させていただいたことがあります。(「よりぬきデッドプールさん番外編: Hawkeye vs Deadpool」
 ほぼ1年前の話だったんですねえ。
 当時は「いずれ日本語で読めればいいな」「あ、でも、その前にこれとこれ訳されないとだめかな」なんて思いながら、希望的な妄想を描いていたのですが。まさかまさかのデッドプールとホークアイのマーベル・ナウ!のオンゴーイング誌翻訳からの流れで、こんなにも早く実現してしまうなんて……
 みんな! 案外夢ってかなうもんだぞ!

 と、それはそれとしまして、折角なので今回は前の記事ではあまり触れなかった『ホークアイ VS. デッドプール』の見所を紹介したいと思います。

見所1:独立した完結ストーリー
 やっぱりこれが一番大きいでしょう。
 人気がある限り続編の作られるアメコミは、どうしても同時期の他の話と多かれ少なかれかかわりのあるストーリーになることが多く、そうでなくとも今後に含みを持たせる展開となることがままあります。
 この『ホークアイ VS. デッドプール』はその点ですっきりと、vol. 0から4までの全5話で完結しています。そもそもホークアイとデッドプールがしっかりからむのはこれがほぼ初めて(1巻だけ翻訳された『A+X』の続刊でチームアップしたことはあるっぽいのですが、残念ながら未見なのです)ですから、過去とのしがらみもありません。
 もちろんマーベル・ナウ!の両作品を読んでいれば、主にキャラクター面で引っ掛かることがありませんので、ますます楽しく読めます。
 もっとも、肝心なひとりが、邦訳コミックスではまだ登場していないんですけど……

見所2:女性キャラにスポットライトが当たる
 これは邦訳限定の話ではあるのですが、これまであまり登場機会のなかったブラックキャットとタイフォイド・マリーが大きく取り扱われています。
 ともにスパイダーマン、デアデビルで重要な役割を担ったキャラクターですが、日本での知名度は露出の薄さからあまり高くないように思えます。
 出るたびに奇抜なスタイルで度肝を抜くタイフォイド・マリーですが、このミニシリーズでもなかなか独創的な格好をしていて、一度目にしたら忘れられないと思います。
 またブラックキャットはスパイダーマンと恋愛もからむ役どころで、セクシー担当などといわれながら、これまでほとんど出番がなかっただけに貴重な出演ではないでしょうか。
 また、ヒーロー側では、もうひとりのホークアイ、ケイト・ビショップがクリントやデッドプールにも優るとも劣らない目をみはる活躍を見せてくれます。どういう方面での活躍かは是非ともご自身でご確認を。

見所3:マテオ・ロリとヤコポ・カマーニのアート
 作画担当のマテオ・ロリとヤコポ・カマーニは邦訳されたコミックスではお目に掛からなかった名前ですが、どちらもコミカルなタッチを活かすダイナミックな動きが得意なアーティストです。
 登場キャラクターが多いために、それぞれがパートを担当して分割作業を行っています。ですので、場面交代があったことがすぐにわかり、絵柄の差も違和感なく受け止められる構成になっています。
 マテオ・ロリは、マット・フラクションとデイビッド・アジャの『ホークアイ』シリーズ(『マイライフ・アズ・ア・ウェポン』から続く4巻の作品です)を意識したアートが楽しく、特に静と動の対比が鮮やかです。
 ヤコポ・カマーニはかなり日本のマンガテクニックに影響を受けているらしく、読んでいてしっくりなじんできます。
 なおヤコポ・カマーニを原語表記Jacopo Camagniで検索すると、とても世のお姉さん方が喜びそうなイラストがばんばんヒットするので、紳士諸君はくれぐれも注意するように。

 コミカルでテンポよく、それでいてシリアスも残している、1冊での完成度がとても高い作品です。
 映画『デッドプール』公開にあわせて、どれか読んでみたいと考えている方にも、断然おすすめしやすいです。

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「栞ブックガイド」余滴

 今年の「ふたば★学園祭11」にて、『栞ブックガイド』という、参加者がそれぞれに好きな作品のレビューを持ち寄る、参加型書評同人誌に私も何編か書かせていただいたのですが、時間切れのため中途で切り上げざるをえなかったものが一編ありました。
 尻切れとんぼにするのもなんなので、今回一応完成させましたので、ここに掲載しておきます。


『八犬傳』上下二巻
山田風太郎(著) 朝日文庫、角川文庫
入手難度 ☆(時代小説コーナーのある書店でしたら)

 妖犬八房に連れ去られた伏姫の体内より飛び出した八つの玉が方々に飛び散り、八人の男児の手にもたらされる。苗字に犬の字を冠する少年たちは、それぞれの運命に翻弄されつつも、犬士としての自覚を次第に芽生えさせ、いずれ現れる宿命のために見えぬ絆で結ばれた仲間を求める。
 ご存知、伝奇小説の先駆け的作品『南総里見八犬伝』です。
 本書は曲亭馬琴が四半世紀の歳月をかけて、原稿用紙になおせば合計五〇〇〇枚に達する膨大な物語を要約・再構成し、そこに作者その人と周囲を取り巻く知己や環境の描写をはさみこみ、八犬伝だけでなく馬琴の生涯をも同時に追いかける構成になっています。
 これを行ったのが鬼才山田風太郎だという点がとてもおもしろい。
『甲賀忍法帖』よりはじまる忍法帖シリーズにより、世間に忍法ブームを巻き起こし、明治もの・室町ものの嚆矢としても、奇想のひととしても知られながらも、決して自ら伝奇を手掛けることがなかったのが山田風太郎です。
 その風太郎によって描かれる八犬伝は、丹念に整理されていて、無駄なくストーリーを追っていくことができます。
 物語の構成として、馬琴が腹案の筋を聴者に語り感想をうかがうという形をとり、八犬伝の物語から馬琴の暮らす現実へとの橋渡しがスムーズになされているのですが、語りという体をとっているおかげで脚色を極限まで削っています。
 八犬伝という作品は話のスケールがそうさせるところもあるのですが、加えて馬琴の、一語一語に注釈や講評、さらに道義的な説教を加えたがる癖もあり、文章がとても長くなってしまうのです。
 風太郎の八犬伝はこのあたりの付属物をばっさり切り捨てています。
 正直いって、この要約を読めば、大冊の『南総里見八犬伝』のあらすじは全て理解できますし、見どころとなる各場面、芳流閣の決闘などは簡にして要を得る風太郎節が決まり興を些かも損なっておりません。
 特に、後半の八犬士の最後のひとり出現時九歳という少年犬江親兵衛の上洛と『南総里見八犬伝』という総題に背かないようにするための工夫である結城の里見家とのつながりを描く結城大法要(逆にいうなら、それまでの八犬士の活躍はほとんど里見家と無関係に行われていたのです)のくだり、このふたつは同時に進行し、その分量およそ原稿用紙に換算して千枚、そしてその直後から開始されるしめくくりの決戦を描いた安房大戦、これがそれまでに登場したすべての人物になんらかの因果応報の決着をつけるという長大極まりないもので、やはり原稿用紙になおして千枚、あわせて計二千枚におよぶ分量を、煩瑣という理由で文庫本で二十ページほどの駆け足の要約で済ませます。そして読んでみますと、この二千枚の割愛はさほど気にならないという有様で。

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ふたば学園祭お疲れ様でした

 もう2日経過したわけですが、「ふたば★学園祭11」に参加してまいりました。
 ご参加のみなさんお疲れ様でした。
 うちのサークルに立ち寄ってくださいました方々、本当にありがとうございました。

 今回はうちの隣りが事故用スペースということで空いていたのですが、ちょうど通路脇で一般参加者が非常に入り込みやすい位置関係になっていたのですね。
 やはりといいますか、開幕直後はその空いた場所でいろいろと整理する方がいました。購入物をカバンに詰める、ちょっと立ち止まって会場地図を確認する、くらいなら別に目くじらを立てることもないと思うのですが、さすがに完全に立ち止まって荷物広げられはじめると少々逸脱している感は否めないので、「こちらもサークルスペースですよ」と声をかけさせていただいたこともありました。
 すると、しばらくしてスタッフさんがやって来てくださいまして、しばらくは入り込まないように立って人の流れをさばいてくださいました。
 はじめのラッシュを過ぎますと、もうスペースに入ろうという人もなく、流れもスムーズになっていきました。
 これを見ていると、学園祭は一般参加者もイベント参加者という意識が非常に強いイベントなんだなと、改めて感心してしまいました。
 スタッフ、サークル参加者、一般参加者、それぞれが自分の範囲を守って、イベント自体を円滑に開催できるように行動している。
 よく「ふたば学園祭はもう同窓会だな」と、冗談か揶揄かわからない口調でいわれますが、個人的にはこうした距離感をお互いに保っていられるのなら、同窓会でも同人誌即売会でもどちらでもいいんじゃないかなと思えます。

 ありましたら、また来年、再びみなさんとお会いいたしましょう。

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