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『デッドプールVol.3:グッド・バッド・アンド・アグリー』原文比較

DP_03_03ja_FC.jpg 邦訳のデッドプール本のうち日本語独特の言い回しが、原文ではどのようになっているかを比べてみよう、の先週発売されました『デッドプールVol.3:グッド・バッド・アンド・アグリー』バージョンです。
 今回も邦訳を上に原文を下にそれぞれ引用しています。邦訳の方には該当するページ数も。
 さて、前回にもちらっと書きましたけど、なにしろ今回はシリアスストーリー、短いですよー

「そう怒るなよ。メンゴメンゴ」[次のデッドプールのセリフは飛ばします]
「“ゴメン”っていう意味…ゲホッ!」(p. 7)
“Just joshin’, dude. We’re Copacetic.”
“It’s an adjective meaning agreeable or .. WALLOOOOOF!”

 のっけからメンゴなんていう80年代的な単語が飛び出してきて、なつかしくも気恥ずかしい思いに駆られますが、原文で該当するCopaceticは「順調な」や「素晴らしい」「快適な」などを示す形容詞で、やはりかなり軽い言葉のようです。
「ちょっとからかっただけじゃんか。ハッピーっしょ」ぐらいのところでしょうが、前の言い争いでもこのcopaceticが含まれていますので、それに合わせて意訳しているものと思われます。
 この後も死語がいくつか出てきますが、おそらく当時のはやり口調を日本語にスライドしたものでしょうから、そのあたりは省略いたします。

「ヒーロー気取りめ、白黒つけてやる!」(p. 19)
Kill the zeros that think they’re heroes… with extreme prejudice!

 底辺(zero)とヒーロー(hero)で韻を踏んでいるのでしょうが、このあたりは日本語にしようがないですね。
 ちなみに個人的にこのzeroとheroの掛け言葉は思い入れがちょっとあります。
 ロック界有数の変態ギタリスト親父であるフランク・ザッパに「拷問は果てしなく(The Torture Never Stops)」という曲があるのですが、それを盟友キャプテン・ビーフハートが歌っているバージョン(というか本来ではこちらが原曲なのですが)に、次のような一節があります。
「銀バエがぶんぶん飛び回る絶望の地下牢 彼らは一体何者なんだ? あの野郎がここに閉じ込めている彼らは? 狂っているのか? 聖者なのか? でっち上げられた英雄なのか? でっち上げられた連中なのか? そんな奴らじゃないのか? でっち上げられた脳無しか? でっち上げられた脳無しか?」(茂木健訳)
 このうちの「でっち上げられた英雄」という個所が、”Are they heroes someone painted?”でその後に「でっち上げられた脳無し」の”Are they zeros someone painted?”と対応しています。
 ビーフハートの振り絞るような歌い方が印象深くて頭に残っているんですね。
 ちなみにザッパは日本でこそ知名度は低いですが、没後20年経っても本国アメリカでは定着した人気があり、アメコミでも結構いろんなところでちなんだネタが出てきます。

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野坂昭如『鬱と躁』

 前回書きました歌手野坂昭如の雑感が、Twitterなどでも思った以上に反響をいただきまして、あれだけだとざっくりし過ぎているなと申し訳ないところが多かったですので、もうちょっと詳しく、私の持っている範囲で各アルバム単位で感想などを書き散らしてみようと思った所存。
 どちらにしても散らすあたりに私の限界が透けて見えますが、そこはどうか御容赦を。

US.jpg『鬱と躁』(オリジナル:1972年、リイシュー:1975年、CD:2000年、CDリイシュー:2011年)
1:話 2:マリリン・モンロー・ノーリターン(嗚呼天女不還) 3:梵坊の子守唄(松浦地方の子守唄) 4:バージン・ブルース 5:大脱走(にっぽん大震災心得) 6:花ざかりの森 7:心中にっぽん 8:サメに喰われた娘 9:ポーボーイ 10:漂泊賊 11:幸福のどん底 12:黒の舟唄 13:黒の子守唄



 1969年に「ポーボーイ」でレコードデビューして以来、CBSソニー、ポリドール、日本コロムビアとメジャーレコード会社を渡り歩き3枚のシングルを出したものの、売れ行きは玄人向け、はっきりいってぱっとせず、それでもプレイボーイな人気作家であり、ほうぼうの講演はひっぱりだこ、そこで思いついた、のかはわかりませんがシングルデビューと同時くらいから方々の女子大の学園祭をめぐって講演とコンサートの二段構えで自慢の喉を披露しておりました。いまでいうところの、学園祭ツアーの嚆矢を野坂昭如がなしたわけです。
 この『鬱と躁』の5曲目までは、そんな女子大コンサートのライブ録音となっています。冒頭の講演から「女子大に来て男の顔を見ないといけないというのは最も大きな裏切りだ」とぼやき節が飛び出しますが、歌の方はかなり調子よく、代表曲である「マリリン・モンロー・ノーリターン」からずいぶんと声がはねて朴訥とした歌い方ながらも奇妙なグルーヴを生み出しております。
 個人的に好きなのは5の「大脱走(にっぽん大震災心得)」でこのアルバムでしか聞けない曲です。なにに追い立てられているのかわかりませんが、とにかく義理も名誉も服も貞操もなにもかもほっぽり出して逃げちまえとアジテートしています。とはいえその声が実に能天気で「みんなすててこステテコシャンシャン」と歌い上げられると、力が抜けてそうやって逃げ出すことからさえ逃げ出してもうどうでもよくなってきます。
 6曲目以降はスタジオ録音パートとなります。桜の木を中心としてその周辺でくり広げられる凄惨で荒涼とした風景を歌っているはずなのに、何故か穏やかな雰囲気の漂う「花ざかりの森」は、そう書きますとコンセプト的に失敗しているようですが、聞いてみればこれがミスマッチどころか実にしっくりきます。「サメに喰われた娘」も同じ系統で、自分の前から姿を消したあの娘をサメに食べられてしまったのだと納得しようとしていながらも「でも……」と別の疑念を振り払えない哀しい曲ですが、「夏が来るたび思い出す」と唄い出すもののどちらかというと春の麗らかさが香るこれまた野坂昭如だからこその歌といえます。
 そして歌手野坂昭如の名前を一般に刻み込んだ「黒の舟唄」です。「男と女の間には暗くて深い河がある」や「Row and Row Row and Row ふり返るな Raw Raw」のフレーズは馴染みが深いのではないでしょうか。
 野坂昭如のサードシングル「マリリン・モンロー・ノーリターン」のB面として作られた曲ですが、もちろん(ここでもちろんというのもさびしいですが)本人ではヒットせず、その後盲目のシンガーソングライター長谷川きよしや加藤登紀子によるカバーで知られていくことになります。
 その長谷川きよしの持ち曲を歌ったのが「心中にっぽん」「漂泊賊」で、このアルバムのみの録音となっています。特に「心中にっぽん」の「日本狭いぞラリパッパ タンナタラリヤ ラリパッパ」というサビの歌いっぷりは、野坂自身の歌という感じが出ています。
 1枚通してみまして、ライブとスタジオ録音がまざっているものの、トータルで齟齬はなく、また野坂昭如の唄も初めてのアルバムとは思えないほど堂々としています。
「マリリン・モンロー・ノーリターン」「バージン・ブルース」「黒の舟唄」という定番曲もしっかり収録されていて、MCもたっぷり聴ける。初めて野坂昭如の唄に接するとしたら最適なアルバムだと思います。

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それはブルースでもなくロックでもなく歌謡曲でもなく

 歌手野坂昭如の実態といいますと、なかなか判然としがたいものがあります。
 感情の起伏の少ない朴訥とした歌い方は、なかなかに厳正な評価を下すのを憚らせるものがありますが、ここは昔ながらの味のあるという形容に助けてもらいましょう。
 その味のある歌唱をたっぷり堪能できるアルバムだけでも十枚以上(編集盤除く)を制作し、持ち歌は100曲を超え、武道館でのコンサート経験を持つときますと、本人が鼻高々に語るようにアマチュアではなく玄人であるといってしまっていいと思います。
 時代を経て忘れ去られる歌手というわけでもなく、長谷川きよし、加藤登紀子、桑田佳祐、大竹しのぶと歌い継がれている「黒の舟唄」は別格としても、戸川純が昭和のワンシーンとして切り取った「バージン・ブルース」もありますし、クレイジーケンバンドは楽曲だけでなく本人へのリスペクトを惜しまず「青山246深夜族の夜」というイベントで共演を果たしており、時と人を越えて歌・本人ともに強く記憶に残るインパクトを持っているのは事実です。
 それでもなんとはなしに歌手野坂昭如を語る声が控えめになるのは、聞いた人にある種の戸惑いが湧きおこるからでしょう。

 野坂昭如の本職はいうまでもなく作家です。
 嘗ての肩書きが今も生きていれば文豪と呼ばれるべき人物であり、そうした観点からすれば、歌手という立場は玄人であるかもしれないけれども余技という扱いにしておきたい部分があるように思えます。
 そのあたりが歌手野坂昭如という字面を前にした時の戸惑いの正体な気がします。
 また野坂昭如の歌は大部分を能吉利人という変名でコマーシャルソングなどで偉大な才能を発揮した作曲家桜井順(エースコックの「ぶたぶたこぶた」や富士フィルムの「お正月をうつそう」を作詞作曲された方です)が作詞も担当しており、野坂本人はまったく関与していないという事実もそうした余技的な見方を助けるのでしょう。
 しかし、単に野坂昭如が文筆の合い間に、人心地つくために、もしくはインスピレーションを得るために歌手活動を行っていた、というだけにはどうも考えられないのですね。
 それは歌と歌にはさまれるMCといいますか説法といいますか、聴衆に向けて発せられる一連の言葉があるのですが、「若い者なんてすぐ死んでしまうんだから、これからは老人の時代ですよ」なんていうのに象徴的なように、いろいろな文章で目にするような実に野坂昭如的な大真面目に人を食った逆説的なメッセージに溢れています。
 じゃあMCだけ取り出せばいいかというと、やはり歌にはさまれているからこそ存在した言葉であって、歌手活動とは不可分で切っても切り離せないものになっています。
 作家野坂昭如を知るという意味からも、『エロ事師』からはじまる膨大な作品群の理解を深めるためにも、歌手野坂昭如を聞き込むことはとても重要なものなのです。それは、これからは一層。

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発売直前紹介『デッドプールVol.3:グッド・バッド・アンド・アグリー』

DP_03_03_FC.jpg『デッドプールVol.3:グッド・バッド・アンド・アグリー』が今月12月の16日に発売される予定となっております。というわけで、またも内容のざっくりした紹介をやってみたいと思います。
 今回の単行本に収録されているのは、オンゴーイング誌第3期「Deadpool」の#13から19まで。これまでの『デッドプールVol.1:デッド・プレジデント』『デッドプールVol.2:ソウル・ハンター』が、それぞれ6話収録だったのに対して、今回は7話が入っていることになります。それだけでも、このVol.3がなんとなくいつもと違う意味合いを持っているとうかがえます。

 構成はVol.2と同じく、過去編と現在編の2部に分かれています。
 その時代を代表するヒーローをゲストに迎えて、過去を掘り下げるといいますと聞こえはいいですが、要は歴史の捏造である過去編の、今回の犠牲者はルーク・ケイジとアイアンフィストによるヒーローズ・フォー・ハイアー、といいますか、この時はケイジというよりはパワーマンですね。
 時は1977年、ファンクパワーが円熟期を迎えつつあった頃、ベルボトムパンツに暖色系の服装をまとった人々が町を闊歩していた時代、デッドプールもまた御多分にもれずアフロを爆発させたブラザースタイルをとっておりました。
 そんな彼が新聞を読んでおりますと、ある求人広告に目をつけます。
「Heroes for Hire!」
 もちろん、パワーマンとアイアンフィストの雇われヒーローコンビの広告なのですが、これを「雇われてくれるヒーロー求む!」と勘違いしたデッドプールは、「俺はヒーローだ」「それに俺は依頼人を探してる」「これだ!」と実に自分に都合のよい解釈をたてて、早速ヒーローズ・フォー・ハイアーの事務所を急襲します。しかも折悪しく、ふたりを頼りに依頼人が訪れている時に……
 ケイジとアイアンフィストとデッドプールの噛み合うはずのないやり取り、肉弾戦メインのバトルシーン、どこかピントのずれた登場人物たちと、実にリズミカルにテンポよくストーリーは展開していきます。
 アメコミには珍しい、かなり直接的な表現(レスリー・ニールセン的な意味で)の濡れ場も出てきて、コメディというよりはほとんどギャグとして話が進んでいきます。
 もっとも、伏線はかなりさりげなく張られているのですが……

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たまには書いているものの話題を

 少し寒くなった頃から、ぽつぽつと小説を書き進めておりました。
 いや、書く分には、だいたいいつもなにかしら書いてはいるのですが、なんとはなしに書きはじめて、筋のおもむくままに進めるというやり方をとったのは久しぶりです。
 題材もなんとなく東方Projectにしたのも久しぶりで、短いながらも進捗は緩やかなものでしたが、筆にまかせてああでもないこうでもないととりとめなく考えながら書くのは楽しいものでした。
 タイトルは「宵啼」。
 どのキャラクターで出てくるかは読んでからのお楽しみ……と思いましたが、タグで即バレているのでした。

 Pixivではコチラ
 Tinamiではコチラ

 秋の夜長の雰囲気が少しでも出ていたなら幸いです。

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