スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『デッドプール Vol.1:デッド・プレジデント』原文比較

『デッドプール Vol.1:デッド・プレジデント』の邦訳を読んでおりますと、ときどき日本独自の言い回しやジョークがまじっていることがあります。
 それを気づいた範囲で原文と比較してみたいと思います。あくまで備忘録的なものなので、私のコメントはにぎやかし程度にお考えください。
 英語に堪能な方のツッコミお待ちしております。

「殴らないでぇ。親父にも殴られたことないのに!」(p. 35)
Oh, no! Don’t punch me! I’ve never been punched before.


 ご存知『機動戦士ガンダム』でのアムロのセリフのもじりだと思われますが、意外と原文も大差ありません。直前にセオドア・ルーズベルトを撃っているので、それに対応する軽口かなとも思いますが、もしかすると「穴を開ける」という意味のpunchともかかっているのかもしれないです。

「この外道めが! 男の宝を殴るとは!」(p. 40)
You… Heartless Monster! You socked me right on the President’s cabinet.


 ルーズベルトが金的を受けてのセリフ。原語のcabinetはそれだけで「閣僚」も表すので、「閣僚の中からよりによって大統領の自分を殴るとは」という自らの誇示も含むのかもしれません。もちろん、それ以上に下ネタとしての意味合いの方が強いでしょうが。

「ゾウが死んで悲しいゾウ」(p. 42)
It’s a shame he didn’t get wellephant.


 原文では調子が快方に向かわなかったことと、ゾウを射止めることができなかったことをかけているようです。狩猟を趣味としていたセオドア・ルーズベルトだからこそのジョークでしょう。キップリングなどにさらに元ネタがあるのかもしれませんがわかりません。

「次こそ奴をヤッてやる。“やる”ってエッチな意味じゃないからな」(p. 45)
I can’t wait to pound that Dick. Uh… Hey Doc, do you have a spell to undo what I just said?


 直訳するなら、「ディックをいじめるのが待ちきれないぜ。おっと、ドクター、今いったセリフを取り消す呪文知らないかい?」でしょうか。ニクソン大統領のあだ名である「ディック」に別の意味があるのはご存知の通りでしょう。

「ワオ。あんたもしかして大統領マニア?」「歴女と呼んで」(p. 81)
Wow, are you a president nerd? I didn’t even know that was thing. We’re called “Historians.”


 ここは特にいうことはありません。「歴史家」だと硬くなりすぎるので「歴女」でテンポよく読ませているのがやはりプロの翻訳の技だなと思わされます。

続きを読む »

スポンサーサイト

テーマ : アメコミ - ジャンル : アニメ・コミック

短命から長命へ

 平賀源内の著となる戯作『根南志具佐(ねなしぐさ)』は、実在の歌舞伎役者の女形瀬川菊之丞に惚れ込んだ閻魔大王がなんとか自分のもとに彼女(彼氏)を連れて来いと駄々をこねて周囲をてんてこまいにさせる男色ドタバタコメディ(にしてはラストはちょっと残酷ではあります)です。
 その「四之巻」冒頭の江戸両国橋近傍の場景を描いた文章は、混雑具合を矢継ぎ早に風景をたたみかける活写で有名なのですが、ふと次の部分が目に留まりました。

 かたへには軽業の太鼓雲に響けば、雷も臍をかゝへて迯去り、素麪の高盛は、降りつゝの手尓葉を移して、小人嶋の不二山かと思ほゆ。長命丸の看板に、親子連は袖を掩ひ、編笠提げた男には、田舎侍懐をおさへてかた寄り、利口のほうかしは豆と徳利を覆へし、西瓜のたち売は、行燈の朱を奪ふ事を憎む。


 軽業師が太鼓を打ち鳴らしつつ技芸を披露しているとなりでは、負けないほどに水切りのスナップをきかせて素麺屋が盛りを山にしているうんぬんかんぬんという個所をつらつら引用いたしましたが、気になったのは「長命丸」という単語なのです。
 私の参照いたしました岩波書店の日本古典文学大系『風来山人集』の校訂者中村幸彦の注では、「両国やげん堀四つ目屋忠兵衛で売る媚薬」とあり、さらに補注として、

 未知庵主人著川柳四目屋攷に詳しい。この薬は、紅毛長命丸とも称し、男性が外用して、局部の感覚を麻痺させて、その時間を延長する薬だという。なお同書にはその功能、使用法や製法も述べてある。


 といたれりつくせりな一文が添えられております。
 なにも回春薬的な作用に興味があったのではなく、男性の房事薬の名前に「長命」という単語のまじっている点から、落語の「長命」が思い出されたからです。

続きを読む »

テーマ : 落語 - ジャンル : お笑い

動物との交わりについて

 渡辺一夫の『泰平の日記』は、1515年1月から1536年8月までの記述を残したパリの無名の一市民の日記を手掛かりとして、近代初頭のフランスの精神史を描く著書ですが、そのなかで、次のようなエピソードが紹介されています。

 また、月日は不明ですが、恐らく一五三三年の末に、ブロワの町で、獣姦sodomie常習のイタリヤ人が火刑に処されているという記録が『日記』に残されていますが、その記述にすぐ続いて、翌一五三四年の一月、フィレンツェ生れのイタリヤ商人で、同じく獣姦常習者が捕えられて、パリで裁判にかけられて、罰金を支払い、辛うじて生命をまっとうしたという記録も見られます。


 この獣姦が死罪、それも生きたまま火にくべられる残酷な火刑をもって罰せられたというのは、三輪山伝説や安倍晴明の信太妻説話、さらに時代がくだって落語の「お若伊之助」などを持つ日本人からすると、少なからぬ文化的な違和に戸惑いを覚えずにはいられません。
 そもそもキリスト教における獣姦の禁止は、旧約聖書『レビ記』第18章23節「あなたは獣と交わり、これによって身を汚してはならない。また女も獣の前に立って、これと交わってはならない。これは道にはずれたことである」を嚆矢とします。
 例えば日本におけるかつての肉食の禁止などを含めて、宗教的な規範というのは、いずれそれが根付き受け継がれていく必然があったもので、その可否は、時代も地域も異なる人間が云々したところでしかたのない点も多いです。
 ただ、そうした罪に対するひとびとの感性の推移を調べてみることは、これは後世を生きる私たちにとりましても、無駄とばかりはいえないと思います。

続きを読む »

テーマ : 雑記 - ジャンル : 小説・文学

発売直前紹介『デッドプールVol.1:デッド・プレジデント』

 ジョージ・ワシントンよりジェラルド・フォードにいたる死せるアメリカ大統領たち、彼らが墓所より這い上がり、国民に牙を剥こうとしている。けれども、マーベルの誇るスーパーヒーローの面々は、嘗ての故国の守護者をぶちのめすなんて自分たちのイメージダウンもいところだと、表立って行動を起こそうとはしない。名声は地にまみれ、見境ない殺人技術に長けた、そして常軌を逸した絶対的タフネスを持つ者だけが、この世にも厭らしい事態に挑むことができる。けど、いったいマーベル・ユニバースのどこを見渡して、蘇った国家元首を再び葬って歩くなんて汚れ仕事を引き受けるヤツがいるっていうんだ? そう!(NOW!) 今こそデッドプールの出番だ!(原書TPBのあらすじ意訳)



 またデッドプールの記事が続きますが、しばらくのおつきあいを。
DP_DP_FC.jpg 明日10月21日は、ShoProよりのデッドプールの新邦訳書『デッドプールVol.1:デッド・プレジデント』の発売日です。(場所によっては既に書店に並んでいるようですが)
 病めるアメリカを善導するためにゾンビとなって蘇った歴代大統領が、当初の思惑から外れて「この国の全てを破壊してやる!」と暴れまわる。対抗すべきヒーロー達は「いくらゾンビとはいえ大統領に手をかけるのはちょっと……」と周囲から変に気をまわされた結果身動きのとれないことに。そこで「こいつならいいだろ」とばかり選ばれたのはわれらがデッドプールさん! これ以上地に落ちることのない君の名声にアメリカの未来は託された! がんばれデッドプールさん! 負けるなデッドプールさん!
 と、概ねこんな感じではじまる対アメリカ大統領軍団(ゾンビ)を描いた、全6話からなる長編ストーリーです。
 話としてはわかりやすく、意外にもアメコミでは珍しい全編バトルに次ぐバトルで、デッドプールがアメリカ全土を大統領(ゾンビ)を求めて東奔西走します。
 やっぱり見どころは、どの大統領をどういう風に倒すのかで、特徴ある人にはそれぞれにまつわるユニークな舞台設定や攻撃方法が用意されていて飽きるところがありません。逆にいえば印象薄い人はかなりぞんざいな扱いなのですが、そのギャップもまたおもしろみのひとつになっています。
 例を挙げるなら、満員の観衆のなか金網デスマッチのリング上でラフファイトを見せるリンカーンは、レスラーだったこともあるこの第16代大統領の逸話を活かしながら好勝負に描いたひとつです。
 また日本でのデッドプールブームの火付け役ともなった『マヴカプ3』での姿を彷彿とさせるコマンド技をくり出したりと、サービス精神も旺盛です。

続きを読む »

テーマ : アメコミ - ジャンル : アニメ・コミック

第2期「Deadpool」全話概説(後編)

 デッドプールの個人誌である第2期「Deadpool」誌のエピソード解説の続き、中盤と後半です。

 #19~22:中盤戦は、『デッドプール:モンキー・ビジネス』に収録されたエピソードよりはじまります。こちらについては、以前紹介したことがあるので割愛とさせていただきます。
 ただ、この同時期、マーベル世界では大型クロスオーバー「シージ」が進行していたということは特筆しておくべきでしょう。
 #23~35:「シージ」が終結し、「シビル・ウォー」以後ヴィランとヒーローの関係に起こっていたねじれを修復、ヒーローの復権と新たな時代の到来という意味で、マーベルの各誌に「ヒロイック・エイジ」という文字か冠されました。
DP_02_23_FC.jpg「Deadpool」誌でも#23にそれが掲げられ、ストーリーも前後の関連の薄い短編中心に展開されていきます。
 話としてもわかりやすく、これまで当ブログで紹介してきたエピソードもこの時期のものが多いです。
 かつての相棒ウィーゼルと久しぶりの再会を果たしラスベガスで用心棒のようなことをしてみたり(#23~25)、ゴーストライダーとの衝突(#26、スティーブ・ロジャース、ブラックウィドウ、ムーンナイトからなるシークレットアベンジャーズとの共闘(#27~29)、病院を襲撃する吸血鬼の撃退(#3031が描かれています。
 また番外編としてアラブ首長国連邦にある摩天楼ブルジュ・ハリファを舞台とした強盗退治と、レッキングクルーのリーダーであるレッカーとの対決(#33.1もこの時期です。
 この期間のエピソードを読んでいて思うのは、デッドプールがその行動はひとまずおくとして、常にかなり真摯にヒーローたらんと努めているということなんですね。金で雇われる傭兵という立場ではなく、悪党に対峙する正義の味方をしようと頑張っている。
 けれども、他のヒーローと異なり、出自がヴィランで、その後も正統派のヒーローとはとてもいえないポジションにあったデッドプールには、根本的に取り戻すべきヒーローとしての自分というものが存在しない。だから、このヒロイック・エイジという看板は、かえって彼自身の本性とでもいうべきものを問い直すきっかけを与えてくれ、読者も少しずつ変化するデッドプールを同時に体験していくことになっていきます。
 結果として、ある武器商人一家を救い(#32)、さらに地球から飛び出して星を喰う星を撃退する(#33~35)ところにまでいたれば、多少エキセントリックではありますがデッドプールがひとりのヒーローとして立派に立っていると、疑いなく確信できることになります。
 けれども、その結末は哀しいものでした。
DP_02_36_FC.jpg #36:宇宙を救い、戻った地球でデッドプールを待っていたも。それはかつて彼が友だと思っていた人々による血なまぐさい歓待だったのです。タスクマスターやウィーゼルをはじめとした人々の襲撃は、けれども、必ずしも誤解とばかりはいいきれない、デッドプールの自業自得な部分もあるのがまた余計にやりきれなさを誘います。攻撃がやみ血だまりの中、ひとり残されたデッドプールは、「本当の友だちを探すさ」とうそぶくものの、その後ろ姿はヒーローとしてはあまりにもうらさびしいものになっていました。

続きを読む »

テーマ : アメコミ - ジャンル : アニメ・コミック

第2期「Deadpool」全話概説(前編)

 アメコミの特色のひとつにリーフという、個人名(もしくはチーム名)を冠した月イチで発刊されるコミックブックが挙げられます。
 1冊のページ数はだいたい20ページほどで、月刊マンガの1話としたら少々短いかな、という厚さの雑誌です。お値段は4ドルほど。
 マーベルならマーベル、DCならDC、それぞれの出版社が独自で持つ世界観と時間軸があり、その大きな舞台のなかでタイトルのキャラクターがどのような活躍をするかを逐一描いていくのがこのリーフです。
 日本のマンガ状況で喩えるならば、「週刊少年ジャンプ」という統一した世界があり、それを踏襲して共有しつつ「ONE PIECE」や「BLEACH」「ハイキュー!!」「暗殺教室」「ニセコイ」などというタイトルを冠した雑誌が毎週別個で刊行されているという風になります。現代ものでしたら特にわかりやすいですが、すべてのストーリーが同じ世界の別の町で起こっていると考えてもらえればいいかと。
 ただ、特にマーベルですと、その個人名タイトルの雑誌が、創刊と終刊をくり返して、時系列がつかみにくいという難点があります。
 例えば悪人はなにがあっても殺す! を心情としたパニッシャーことフランク・キャッスルを主役とする雑誌で考えてみますと、キャラクター名を掲げた「Punisher」がこれまで10期に分けて刊行され、さらに同じくパニッシャーが主役ながらタイトルの異なる「Punisher War Journal」が2期、「Punisher War Zone」が3期、それぞれ出版されています。これらが入り混じってシリーズ展開されていることを考えると、話の相互関連を把握するのはかなり困難だとおわかりいただけるでしょう。
 比較的誕生から歳月を経ていないデッドプールの場合、まだ区別がつきやすいですが、それでも「Cable & Deadpool」がはさまれてくることもあり、事情を知らないと混乱しがちです。
 そこで今回は、最近邦訳の刊行された『デッドプール:モンキー・ビジネス』にあわせまして、第2期「Deadpool」誌の概要をおおまかに説明してみたいと思います。

 まず、前提知識としまして、かいつまんでデッドプールというキャラクターの成立の歴史をおさらいしてみます。
 デッドプールのコミック誌デビューは「The New Mutants」の98号(1991年2月)です。1回きりのヴィランとして考えられていたところが、少なからぬ反響を受け、他の雑誌にもちょこちょこと顔を出すことになります。大体この時期は、ヴィランとしての立ち回りから次第にヒーロー側にポジションを移していく過程という感じになります。
 そして1993年と翌94年に「Deadpool: The Circle Chase」と「Deadpool: Sins of the Past」という4話構成のミニシリーズ(日本でいえば短期集中連載みたいなものです)を2回行ったうえで、いよいよ満を持して1997年から自らの名前を冠した個人誌「Deadpool」の刊行が開始されます。これがいわゆる第1期オンゴーイング誌となります。常軌を逸したおしゃべりな傭兵というキャラクターが、不死を強化され、さらに第4の壁の突破という個性が付加されていくのもこのシリーズからです。
 この第1期シリーズは世紀をまたいだ2002年に69号をもって終了、後を「Agent X」というスピンオフシリーズが引き継ぐのですが、これについては省略させていただきます。
 第1期終了から約1年半を経て2004年より「Cable & Deadpool」が刊行開始。一応ケーブルとのダブル主人公な扱いですが、話としては前半よりほぼデッドプールオンリーとして展開されていきます。
「Cable & Deadpool」は2008年4月に50号をもって終了。
 そして同年9月、第2期「Deadpool」がスタートします。

続きを読む »

テーマ : アメコミ - ジャンル : アニメ・コミック

まつだこうた『おかか』第1巻

OK_fc.jpg 以前に当ブログでも紹介させていただきました、「ヤングマガジン」誌で絶賛連載中のまつだこうた先生の『おかか』第1巻単行本が発売されました。
 小学生期間の下校時から家に帰るまでのゴールデンタイムにくり広げられる、わんぱくとはちゃめちゃと時々不条理なコメディです。
 東京などの巨大な都市でなく、かといって第一次産業が主体の山奥でもなく、ベッドタウンらしき地域のご町内で起こる日常的な出来事の数々は、時代の流れのゆるやかさを思わせ、だからこそ今の小道具や状況を無理なく内包しています。
 人通りの少ない裏路地のコンクリ製の階段、開け広げの廃屋、草の生い茂った斜面、そして底抜けの青空。そんなものがなんでもあるマンガです。
 同時に子供たちが興じているのは携帯ゲーム機であり、共通の大きな価値はトレーディングカードであります。
 そうした要素が混ざり合って、ノスタルジーに浸る際に、つい覚えてしまううしろめたさを、解消してくれている、なんとも心地よい作品です。

 といいましても、決してうしろ向きな楽しみしかできない本というわけではありません。むしろ、そんな要素は二の次三の次で、上質のコメディとギャグがてんこもりです。
 スピード感のあるセリフまわしに、予測のつかない展開、そして身も蓋もないオチと、1話ごとの密度がものすごいです。
 特に唯一の前後編である、たまたまおかかが作り出したジュースが発端となって起こるストリートギャング(はたまた任侠もの)話は、描写がリアルになればなるほどばかばかしさも果てなくなり、つっこみの追いつかないおかしさが癖になります。
 子どもがきちんと子ども子どもしているから、どこもいやみにならず、ただ笑っていられる。
 今どき少なくなった純粋なコメディとして、お勧めできます。

テーマ : 感想 - ジャンル : アニメ・コミック

林家たい平のこの一席

「この一品」というものをどなたもお持ちかと思います。
 あくまで享受者としてのスタンスからですが、この歌手ならこの曲、この画家ならこの一枚、この小説家ならこの一話……。
 水が合うといいましょうか、自分の感性とぴたり合致して、そのひとつをきっかけとして作家全体を見る立ち位置が定まる、あらゆる起点となってくれる一品です。
 大体、そういうものに出会いますと、強烈な感銘に打たれて、「これは!」というひとことが口をつかずとも響いてきます。
 林家たい平師匠の「不動坊」を初めて聴いた際に起こったのが、まさにこの「これは!」でした。

「不動坊」もしくは「不動坊火焔」は、もとは上方落語の一席でしたが、三代目柳家小さん(漱石が『三四郎』でとりあげたあの小さんです)によって関東に持ちこまれ、現在では上方・江戸、どちらでもかけられる噺となっております。
 演題の不動坊とは講釈師の名前なのですが、当人は噺の中に一切登場しません。それどころか、噺の開始されるひと月も前に旅の果てに客死したことがさらりと告げられて、それっきりでどんな人物であったのかの描写ひとつありません。
 いえ、たったひとつ、芸事に生きる人間の常として、大きな借金を拵えていたことが明かされます。

続きを読む »

テーマ : 落語 - ジャンル : お笑い

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。