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ぺったらこ騒動顛末(てんやわんや)

 本を読んでいて、ドキリとさせられることはさほど多くありません。
 私ときましたら天性の怖がりで、行き来に慣れた道でもわずかに影の差し具合に違和を覚えるなり遠回りをしてしまうほどですから、笑いも涙も堪え性がまったくなく、本に目を通していてはしきりに笑ったり泣いたり怖がったりしています。
「お前が本を読んでいるのを傍で見ているときもちわるい」
 などと友人からいわれたこともあります。
 よりにもよってきもちわるいとは、いくら口さがない性質としても言葉が過ぎると思い抗議してみたところが、即席でものまねで返され、たしかにこれはきもちがわるいと逆に納得させられました。
 なにしろ、くぐもった声で始終鼻を鳴らして笑っているかと思うと、瞬きをしきりとくりかえしてすすり声をあげて涙を流し、眉間に皺を寄せてぶつぶつと小声で文句をいいながら怒りだして、また鼻を鳴らして笑いはじめるのですから、これは近寄りたくないといわれてもしかたありません。
 そんなせわしない読書法を持つ私でも、読んでおりまして胸の高鳴りを覚えることは、一冊につき一度あるかないかです。
「これは」とつぶやくかわりに鳴るドキリです。
 いわば核心に迫ったことを直感的に察するドキリで、確かな手ごたえに本を握る指にこめる力まで強くなるドキリです。
 最近の例では、フランソワ・ラブレーの『第一之書 ガルガンチュワ物語』のページをなんの気なく繰っていたところで出くわしました。
 それは比較的前半部分にあたります。
 将来巨人王となるガルガンチュワがまだ修養の時期にあった幼少時代、都の教育状況はどうなっているかと、家庭教師役の人物とともにパリに上った際のことです。子供とはいえ既に巨人としての頭角はじゅうぶんに現していたガルガンチュワは、ちょっとした悪戯心からノートルダム大聖堂の鐘を取り去ってしまいます。驚きあわてたパリ市民は、百言を尽くしてなんとか鐘を返してもらおうと努めます。
 その説得の一節、

 施療院近辺に家を営みまする何某と申すさるラテン語の達人は、或る時、タポンヌス――いや間違いでござった――俗世詩人ポンタヌスの権威を援用いたして、かく申しましたのじゃ。――鐘が鳥の羽ででき、鐘鐸が狐の尻尾でできていたら、さぞかしありがたかろう。なぜならば、平仄合わせて詩作に耽る折に鐘が鳴り出すと、脳の腹綿に頭下痢が起るから、とな。しかし、ぺったらこ、べったんこ、ぺったら、べったん、ぺったんこと、この男は異端邪説の徒と宣告されてしまいましたじゃ。異端の徒など、わしらは蝋細工同様に、わけなく捏ねあげられますわい。

 要は詩を作るのに鐘の音が邪魔だといっていた詩人を気取った半可通は異端の裁きを受けた。このようになりたくなければ鐘を返せ、と恫喝している場面だと思います。
 正直、ラブレーの物語は中世当時の常識、文学的衒学、フランス語のシャレなどが混ざり合って、懇切丁寧な注がついていても、私ではその内容の十分の一も理解できません。
 ですので、私がドキリとして注目したのは、その文章内容ではなく、もっと視覚的な個所、「ぺったらこ、べったんこ、ぺったら、べったん、ぺったんこ」という妙に軽快な合いの手です。

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天狗とエルフと

 小泉八雲の日本についての所感をまとめたエッセイ集『心』を読んでおりますと、その一編の「日本文化の心髄」で次のような文章に出くわしました。

 そして、この感じは、どこか日本の神社へでも参詣したとき、幾町かのあいだ、闃として鳥語も聞こえないような、さびしい山道を攀じのぼったあげくに、ようやくのことで、千年も年古りた老樹のかげに頽れ朽ちている、天狗でも出そうな、がらんとした、小さな木造の拝殿を見つけたときの、あのあっけらかんとした、空寂な感じによく似ている。(平井呈一訳)

 はじめは特になんということもなく読み飛ばしたのですが、どうも引っかかるものがあり、節が変わり章が改まっても、なんだかもやもやと頭の中が落ち着きません。
「はて、西洋人に天狗といって通じるものかな?」
 ようやく気付いた違和感の正体はそれでした。
「天狗でも出そうな」
 深山幽谷とはいわずとも、木洩れ日の差し込まない林道にでも入れば、心をよぎる感想として、日本人ならばさほど凝った表現とはいえません。
 けれども、これが日本人でなければ、アイルランド系のイギリス人ラフカディオ・ハーンから、米英に発信される日本の紹介文に挿入された形容として考えればどうでしょうか。
 スシ、フジヤマ、ニンジャどころか、下手をすれば日本人よりもよほど日本の風物を理解している現代の欧米人とは異なり、小泉八雲のいた明治の中盤から後半の日本は、まだまだ極東の半文明国に過ぎず、その国における物の怪の名など、まったく未知であったといっても過言ではないでしょう。
 にもかかわらず、そこにきらめく「天狗」の二文字。
 私の胸は思わず高鳴りました。
 もし、原文にTENGUなどと書かれていたら、注が添えられている可能性は大いにあり、逆にそこから明治二十年代に天狗がどのようにイメージされていたかを知るたいへんな手掛かりになるからです。
 とにもかくにも” THE GENIUS OF JAPANESE CIVILIZATION”の原文にあたってみました。

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