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ロマンの流れ

 最近、芳賀徹の『みだれ髪の系譜』(講談社学術文庫)を読みました。
 比較文化の研究者という筆者の著作を読むのは初めてだったのですが、一読とにかくその博識に驚かされました。(学者に博識というのも失礼な話でしょうが……)
 知識の広範さばかりでなく、それを紹介する文章の流麗さがまた鮮烈で、フランス語の詩の原文と訳文の比較などといった難解な個所も、文体のリズムに大いに助けられてどうにか私でも読み進めることができました。
 学術論文を中心としたエッセイ集で、筆者のお気に入りらしい与謝蕪村について多く紙幅を割かれています。
 その中で、

 雉子啼くや眠りの森の朝ぼらけ

 という一句に、読むなりドキリとさせられました。
 眠りの森というこのモダンな単語がいい。それを江戸の後期、既に古風とされていた芭蕉のスタイルを取り戻そうと努めた蕪村によって詠まれていたのがまたいい。しかし、なによりも鮮やかだったのは、この俳句がヴァレリー・ラルボーという二十世紀フランスの小説家の作品を紹介するなかでなにげなく挟みこまれてきたところにありました。
 なんてモダンな作品なんだ。
 その感動が蕪村の句からきたのか、芳賀による「蕪村とラルボー」と題された小編からきたのか、わかりませんでした。
 モダンな文章をもってモダンな作品の論を展開する。そこにはとても幸福な二者の結合が見られました。
 この評論集はIからVまでの五章で構成されており、それぞれ主題を異にした作品が収められているのですが、特にIVの「異郷の日本芸術」と章題のつけられた一群の論考は、どれも比較的短文ながら、江戸から昭和後半まで日本人にほとんど忘れられていた「奇想の作家」(辻惟雄)達を紹介するもので、とても興味深い内容となっておりました。
 同国の人々から忘れ去られた作品がどこへいったのかといえば、もちろん外国で、伊藤若冲の絵の多くはアメリカのオクラホマ州の一個人が「心遠館」という日本名の館を建てて保存していたり、オランダのライデン博物館には数百点に及ぶ川原慶賀の作品が収蔵されていたりするということを、比較文化の専門家らしく非常に喜ばしい筆致で、けれども一抹の寂しさを籠めながら書かれています。
 そして川瀬巴水。浅学な私は、この太平洋戦争後まで存命だった画家のことを、まったく知らなかったのですが、エッセイとともに掲載されていた「東京十二題」のうちの一枚「大根がし」という作品にまったくやられてしまいました。
 画の1/3ほどを占める運河らしきゆるやかな水の流れと、そこに浮かべられた荷運び用らしき一艘の小舟、川は全面を石造りの舗装が施され波打ちすれすれにも家が建てられている。もちろん家も石造り、煉瓦造り。船をつけるための口も設けられている。今そこには一人の女中らしき人物が姿を現して、くつろいだ姿勢で小舟の船頭となにごとか会話を交わしている。
 建物のとは逆の河岸に植えられた柳や、人々の姿がなければ、ヨーロッパの一小村の光景といわれても疑いを挟まない一枚でしょう。ところが、これが日本の光景であっても、まったく違和感なく存在しているのです。
 西洋風のモダンは明治の近代化以降に持ち込まれた、一種の借り物という見方が私にはありました。多くの場合、それにまちがいはないと思いますが、けれども時代の流れの一脈には、そうしたモダンと比肩しうる表現法があり、時代の移り変わりと関係なく流れていたことを、改めて蕪村の俳句、巴水の絵画、そして本著者の芳賀徹の文章を通して教えられたような気がします。
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夏コミ当選しました

 すっかり放置ブログになってしまってどうもすいません。
 そして、ひさしぶりの更新が宣伝告知ってどういうこと。
 もう重ね重ね、どうもすいません。

 真夏のお祭り騒ぎ、コミケにうちのサークルも当選いたしました。

 サークル名:有滑稽
 日曜日 東ピ-57b

 です。

 創作小説の新刊を出す予定です。
 詳細は追ってまたこちらにて告知させていただきます。
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