スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

野坂昭如『鬱と躁』

 前回書きました歌手野坂昭如の雑感が、Twitterなどでも思った以上に反響をいただきまして、あれだけだとざっくりし過ぎているなと申し訳ないところが多かったですので、もうちょっと詳しく、私の持っている範囲で各アルバム単位で感想などを書き散らしてみようと思った所存。
 どちらにしても散らすあたりに私の限界が透けて見えますが、そこはどうか御容赦を。

US.jpg『鬱と躁』(オリジナル:1972年、リイシュー:1975年、CD:2000年、CDリイシュー:2011年)
1:話 2:マリリン・モンロー・ノーリターン(嗚呼天女不還) 3:梵坊の子守唄(松浦地方の子守唄) 4:バージン・ブルース 5:大脱走(にっぽん大震災心得) 6:花ざかりの森 7:心中にっぽん 8:サメに喰われた娘 9:ポーボーイ 10:漂泊賊 11:幸福のどん底 12:黒の舟唄 13:黒の子守唄



 1969年に「ポーボーイ」でレコードデビューして以来、CBSソニー、ポリドール、日本コロムビアとメジャーレコード会社を渡り歩き3枚のシングルを出したものの、売れ行きは玄人向け、はっきりいってぱっとせず、それでもプレイボーイな人気作家であり、ほうぼうの講演はひっぱりだこ、そこで思いついた、のかはわかりませんがシングルデビューと同時くらいから方々の女子大の学園祭をめぐって講演とコンサートの二段構えで自慢の喉を披露しておりました。いまでいうところの、学園祭ツアーの嚆矢を野坂昭如がなしたわけです。
 この『鬱と躁』の5曲目までは、そんな女子大コンサートのライブ録音となっています。冒頭の講演から「女子大に来て男の顔を見ないといけないというのは最も大きな裏切りだ」とぼやき節が飛び出しますが、歌の方はかなり調子よく、代表曲である「マリリン・モンロー・ノーリターン」からずいぶんと声がはねて朴訥とした歌い方ながらも奇妙なグルーヴを生み出しております。
 個人的に好きなのは5の「大脱走(にっぽん大震災心得)」でこのアルバムでしか聞けない曲です。なにに追い立てられているのかわかりませんが、とにかく義理も名誉も服も貞操もなにもかもほっぽり出して逃げちまえとアジテートしています。とはいえその声が実に能天気で「みんなすててこステテコシャンシャン」と歌い上げられると、力が抜けてそうやって逃げ出すことからさえ逃げ出してもうどうでもよくなってきます。
 6曲目以降はスタジオ録音パートとなります。桜の木を中心としてその周辺でくり広げられる凄惨で荒涼とした風景を歌っているはずなのに、何故か穏やかな雰囲気の漂う「花ざかりの森」は、そう書きますとコンセプト的に失敗しているようですが、聞いてみればこれがミスマッチどころか実にしっくりきます。「サメに喰われた娘」も同じ系統で、自分の前から姿を消したあの娘をサメに食べられてしまったのだと納得しようとしていながらも「でも……」と別の疑念を振り払えない哀しい曲ですが、「夏が来るたび思い出す」と唄い出すもののどちらかというと春の麗らかさが香るこれまた野坂昭如だからこその歌といえます。
 そして歌手野坂昭如の名前を一般に刻み込んだ「黒の舟唄」です。「男と女の間には暗くて深い河がある」や「Row and Row Row and Row ふり返るな Raw Raw」のフレーズは馴染みが深いのではないでしょうか。
 野坂昭如のサードシングル「マリリン・モンロー・ノーリターン」のB面として作られた曲ですが、もちろん(ここでもちろんというのもさびしいですが)本人ではヒットせず、その後盲目のシンガーソングライター長谷川きよしや加藤登紀子によるカバーで知られていくことになります。
 その長谷川きよしの持ち曲を歌ったのが「心中にっぽん」「漂泊賊」で、このアルバムのみの録音となっています。特に「心中にっぽん」の「日本狭いぞラリパッパ タンナタラリヤ ラリパッパ」というサビの歌いっぷりは、野坂自身の歌という感じが出ています。
 1枚通してみまして、ライブとスタジオ録音がまざっているものの、トータルで齟齬はなく、また野坂昭如の唄も初めてのアルバムとは思えないほど堂々としています。
「マリリン・モンロー・ノーリターン」「バージン・ブルース」「黒の舟唄」という定番曲もしっかり収録されていて、MCもたっぷり聴ける。初めて野坂昭如の唄に接するとしたら最適なアルバムだと思います。

続きを読む »

スポンサーサイト

テーマ : 音楽 - ジャンル : 音楽

それはブルースでもなくロックでもなく歌謡曲でもなく

 歌手野坂昭如の実態といいますと、なかなか判然としがたいものがあります。
 感情の起伏の少ない朴訥とした歌い方は、なかなかに厳正な評価を下すのを憚らせるものがありますが、ここは昔ながらの味のあるという形容に助けてもらいましょう。
 その味のある歌唱をたっぷり堪能できるアルバムだけでも十枚以上(編集盤除く)を制作し、持ち歌は100曲を超え、武道館でのコンサート経験を持つときますと、本人が鼻高々に語るようにアマチュアではなく玄人であるといってしまっていいと思います。
 時代を経て忘れ去られる歌手というわけでもなく、長谷川きよし、加藤登紀子、桑田佳祐、大竹しのぶと歌い継がれている「黒の舟唄」は別格としても、戸川純が昭和のワンシーンとして切り取った「バージン・ブルース」もありますし、クレイジーケンバンドは楽曲だけでなく本人へのリスペクトを惜しまず「青山246深夜族の夜」というイベントで共演を果たしており、時と人を越えて歌・本人ともに強く記憶に残るインパクトを持っているのは事実です。
 それでもなんとはなしに歌手野坂昭如を語る声が控えめになるのは、聞いた人にある種の戸惑いが湧きおこるからでしょう。

 野坂昭如の本職はいうまでもなく作家です。
 嘗ての肩書きが今も生きていれば文豪と呼ばれるべき人物であり、そうした観点からすれば、歌手という立場は玄人であるかもしれないけれども余技という扱いにしておきたい部分があるように思えます。
 そのあたりが歌手野坂昭如という字面を前にした時の戸惑いの正体な気がします。
 また野坂昭如の歌は大部分を能吉利人という変名でコマーシャルソングなどで偉大な才能を発揮した作曲家桜井順(エースコックの「ぶたぶたこぶた」や富士フィルムの「お正月をうつそう」を作詞作曲された方です)が作詞も担当しており、野坂本人はまったく関与していないという事実もそうした余技的な見方を助けるのでしょう。
 しかし、単に野坂昭如が文筆の合い間に、人心地つくために、もしくはインスピレーションを得るために歌手活動を行っていた、というだけにはどうも考えられないのですね。
 それは歌と歌にはさまれるMCといいますか説法といいますか、聴衆に向けて発せられる一連の言葉があるのですが、「若い者なんてすぐ死んでしまうんだから、これからは老人の時代ですよ」なんていうのに象徴的なように、いろいろな文章で目にするような実に野坂昭如的な大真面目に人を食った逆説的なメッセージに溢れています。
 じゃあMCだけ取り出せばいいかというと、やはり歌にはさまれているからこそ存在した言葉であって、歌手活動とは不可分で切っても切り離せないものになっています。
 作家野坂昭如を知るという意味からも、『エロ事師』からはじまる膨大な作品群の理解を深めるためにも、歌手野坂昭如を聞き込むことはとても重要なものなのです。それは、これからは一層。

テーマ : 文学・小説 - ジャンル : 小説・文学

そのままでそのままを

 前回に引き続きまして、もうちょっと所ジョージさんの音楽の話を。
 所ジョージの曲と聞いて、まずイメージされるものは、前にも書きましたがコミックソングだと思います。
 私も初めてベスト盤の『史上最大全集しょのいち』を買った時は、主にそういうばかばかしい曲(失礼な話ですが)目当てで、軽快な言葉遊びのオンパレード「ギャンブル狂騒曲」やとにかく勢いの楽しい「花火」、クレージーキャッツの現代風(当時)アレンジといっても過言ではない「まったくやる気がございません」、さらに「シュウマイ」だとか「スブタ」「女はヤだね」といった数秒で終わる一発ネタ曲に魅せられて、毎日何回もCDをかけていたものでした。
 なにより、所ジョージさんの初めて歌う姿を見た記憶が強く残っていて、それがコミックソングの人という印象を作り上げていました。
 それは私が小学生の頃のテレビ番組で、ゲストで登場した所さんが童謡の「しゃぼん玉」がいかに恐ろしい歌かという点を力説するもので、「しゃぼん玉とんだ 屋根までとんだ 屋根までとんで こわれて消えた」という歌詞の「まで」が到達ではなく、「までも」という並列の意味でとらえて、「しゃぼん玉がとんだ。さらになおかつ屋根までもがとんだ。屋根までもがとんでいってこわれて消えてしまった」。そんな大風の日にしゃぼん玉なんてとばすんじゃない。後に続く「風 風吹くな しゃぼん玉とばそう」でオチという構成でした。
 私の文章では面白さが伝わらないかとも思いますが、その時の、しゃぼん玉を歌い上げる所ジョージさんの姿がいかにもほがらかで気持ちよさそうで、見ているとつい笑いが浮かぶものだったのですね。

続きを読む »

テーマ : 邦楽 - ジャンル : 音楽

赤瀬川原平という人

 赤瀬川原平のことを考えると、いつの頃からか、私はまず「出口」を念頭に置くようになっていた。
 もうひとつの顔である、尾辻克彦名義で発表された短編小説で、この作品を表題作にいただいた作品集に収録されている。
 中年を過ぎたと思しき主人公が、深更に家路を急ぐ最中、うんこをもらしてしまうという経緯を、感慨も含めて丁寧に描写した好短編だ。
 十ページほどの極短い紙幅は、次の文章をもって締められている。

 予想したよりかなり手前に、そのモノらしきものがあった。それはそうだねえ、清原はしぶといよ、と家人に相づちを打ちながら、通り過ぎざまにシカと見ると、モノとはいってもかなり形崩れしている。そのなりたちを考えれば当然のことだ。あるいはその後、誰かが踏んづけたのかもしれない。もう風化しはじめていもいるだろう。ちょうど知り合いとすれ違ったらしく、家人が軽く会釈している。私も頭の傾きを少し同調させながら、それでも犬のものとは違うと思った。どちらかというと馬のものに似ている。


 自らの体から生まれて、自らとは訣別したものを、再び自らに引きつける文章的営為としてはまったく過不足ない名文だ。
 数日前に自分の肛門から望まれず放出されたうんこである。パンツを我が物顔でクラウチングスタートの要領で飛び出し、ズボンの内側を熱と汁と臭いを分け与えつつ、ももにひかがみふくらはぎを撫で、靴下に手をかけて、ようやく裾からひょこりと顔を出して行きがけの駄賃とばかりに靴にも別れのあいさつを行って地面に転がった張本人だ。身も世もない情けなさを味わわせ、妻のもの笑いを買う原因となった下手人だ。
 にもかかわらず、既に「私」はそれに憎らしさや厭わしさ以上に愛着を覚えつつある。なにしろものはものでもモノなのだ。そこらの犬ころのものとは生まれが違う。馬のものに似ているモノだ。馬並みとくれば、老境を間近に控えた齢としても、これは自慢である。
 けれども馬のものも似てはいても、それは同一物ではない。所詮はものであって、モノからは遠く隔たっている。なにしろこいつは「私」のモノなのだ。
 こうして自らの意志に反してもらしてしまったうんこの再同一化は果たされて、再び主題化することが可能となったところで「出口」は幕を閉じる。

続きを読む »

テーマ : 雑記 - ジャンル : 日記

ありがとうがうまくいえなくて

 丸谷才一には恩がある。
 と申しましても、一面識だにあるわけもなく、遠望から後背を拝する機会すら得られなかったのですから、まったく一方的な片思いです。
 それは庇護の恩、ただし個人的なものではなく、日本語に対する庇護の厚恩です。
 文章を書く人間にも美意識があります。象徴的・思索的なものでなく、もっと直接的な視覚に訴えかける美意識です。
 ぱっと開いた一ページがどのように見えるか。段落の配列、句読点の位置、漢字とかなのバランス……。それら諸々の因子に気を配って、文章を仕立てていきます。
 ところが、その美意識を発揮する段で、現代の日本語はとんでもない不自由を強いられています。
 仮名遣いの分断と漢字の種類の制限さらに字体の簡略化です。これらは自身に新の字を冠し、そればかりか時代を経て伝わってきた側に旧の字を押しつけて、いかにも旧弊固陋なイメージを塗布しました。
 その結果、私の敬愛する百鬼園先生は生涯強く通した仮名遣いを改められ、もんがまえに月という正字の名前をPC環境で共有することさえ許してもらえません。さらに、やはり慕ってやまぬ、『私が殺した少女』で直木賞を獲得したハードボイルドの正統的継承者である一人の作家は、寮という字からうかんむりを抜くというたったそれだけのことがかなわないのです。
 なんとも窮屈なルールにがんじがらめにされ、美意識を満たすかもしれない可能性をはなから抹消されているのです。
 けれども、ここに一人丸谷才一という人物がいて、制約だらけのはずの文章の道を、悠々と散策しておりました。
 小説の世界では物語の中で登場人物を闊達に動かし、エッセイでは和漢洋の典籍に由来する博識を自家薬籠中のものとした薫香やわらかな世界を開き、書評は万巻より適切なものをみずみずしくしらしめる。
 文末に添えられた用字例には、小癪な制限を吹き飛ばすたくましさがあり、そこで見せつけられる美意識に嘆息するとともに意を強くさせられました。
 そして、それらの文章には、著者自ら楽しんで書いているのが伝わる、豊かな抒情が常に内包されておりました。
 このようにして半世紀以上にも渡り文章が書かれたことは、それ自体が日本語を庇護することであり、同時に日本語を鍛えることでもありました。
 どうして一人の文章作者として、感謝を言葉にしないでいられましょうか。
 同時に今日までの庇護を思い、明日から大きな支柱を失った日本語について考えると、ますます恩の厚さを感じずにはいられなくなってくるのです。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。