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A Conversation with Zack Davisson 試訳

 水木しげるの英訳作品があるというのは、以前に立ち寄った古書店で『のんのんばあとオレ』の実本を目にして初めて知りました。
 すごく心動かされたものの、アメコミに手を出している金銭感覚からしても、少々決断には躊躇いを覚える値段がつけられていたので、その時は泣く泣く見送りました。
 それが2年ほど前の話になるのですが、以来、なんとなく水木しげるの海外需要というのは気になっておりました。
 そこに先月、ふとながめておりましたアメコミ関係の情報サイトで、水木作品を英語翻訳している翻訳者のインタビューという記事が紹介されておりました。
「A Conversation with Zack Davisson」と題され、その名前を調べてみますと、水木しげるの鬼太郎だけでなく『昭和史』『総員玉砕せよ!』『劇画ヒットラー』などまで翻訳されており、さらに『Yurei: The Japanese Ghost』という著作までものしているとうかがい、どうやら日本のフォークロアにも詳しい方のようで俄然興味がわいてきました。
 そこで以下、試訳という形で、なんとか日本語らしいものにしてみました。
 水木しげるが海外でどのように興味を得ているのか、日本の妖怪やフォークロアの受容についてなど、先達のわずかな参考にでもなりましたら幸いです。
 とはいいましても、ひと月時間かけてこれです。もとより、誤訳、悪訳、珍訳、「そもそもこれ日本語になっているのか?」なところまで不備は数えきれないほどあると思います。御叱咤の上御教示いただけますと幸いです。

元サイトはこちらです。
http://www.tcj.com/a-conversation-with-zack-davisson/

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残酷か寛容か

 またもや渡辺一夫の『フランス・ルネサンスの人々』がらみの話を少々。

 今回の主役はミシェル・セルヴェという医師であり科学者です。
 前回に引用しましたエチエンヌ・ドレが不義のために旧教会(カトリック)から火あぶりにされた人物であるとすれば、それと対照的に自らの科学的な信念を貫き通してしまったが故に新教会(プロテスタント)側に捕えられて火あぶりに処せられたのがこの人物であります。
 極かいつまんで生涯を要約しますと、解剖学者・生理学者の祖として歴史に名を残すセルヴェは、その医学的・科学的な熱意に正直であり過ぎたために、結果的に当時のキリスト教徒にとって神聖視されていた三位一体説などを批判する形となってしまい、カトリックばかりかプロテスタントからも憎悪され、やがて逃亡の途中に新教の首魁であるジャン・カルヴァンに捕えられ火刑をもって命を絶たれることになりました。
 最終的に手を下したのがプロテスタントであったというだけで、セルヴェは新旧両宗派より強い批判を被っており、実際にカトリックからも異端者として逮捕・拘禁され宗教裁判にかけられる直前のところにまでいっています。
 このときには、おそらく多くの支援者の手ほどきにより、捕らわれていた牢獄より脱出して逃亡に成功しております。
 その前後については、前掲の渡辺一夫の著作に詳しく記されています。

 セルヴェは、一五五三年四月七日、ヴィエンヌの牢獄から逃亡してしまいました。この間の経緯は甚だ不明ですが、ヴィエンヌにはセルヴェの保護者であるカトリック派の人々もいましたし、医師として信望も厚かったようですから、それと脱獄とは、何か関係があるのかもしれません。セルヴェの逃亡後の五月十日には欠席裁判のまま有罪が宣せられ、六月十七日には、セルヴェの似顔絵とその蔵書五箱とが、ヴィエンヌのラ・シャルニエール広場で実際に火刑に処されてしまいました。これは残忍な執拗さを表すものなのか、それとも形式的な解決法なのかはわかりません。


 日本では無名に近いミシェル・セルヴェという人物について少し時間を割きましたが、私が大きく興味を引かれたのは、この似顔絵を火あぶりにしたという点と、それに対する渡辺の最後のひとことでした。

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彫像と地蔵と雨と火あぶりと

 ちょっと必要があってフランス文学者渡辺一夫の『フランス・ルネサンスの人々』を読み返しておりました。
 16世紀のいわゆるルネサンス(ルネッサンス)期にフランスに生きた有名無名、といいますか日本では知名度がほとんど皆無に近いひとびとの生涯を概説するエッセイ集ですが、その内のひとりエチエンヌ・ドレの章を読んでおりまして、次の個所でふと手が止まりました。

 旱天が続いて雨がほしい時に、子供達を使って、ある彫像の蝕まれた胴体を町中にかつぎ回らせるのは、迷信でなくて何でしょうか?

 このエチエンヌ・ドレは軽薄と軽信を絵に描いたような人物で、やがてその軽挙から友人知人連よりも見離され、近代初期のフランスに暗雲のごとくたちこめていた異端者狩りの網にかかり火刑台の煙に消えていくことになります。
 引用文も、かつて暮らしたトゥールーズの街のキリスト教的におかしな有様を、皮肉をこめて激越に、多少の私怨も含めて語った一部で、カトリック(旧教)とプロテスタント(新教)が自らの主張を絶対に掲げて血で血を洗う抗争をくり返していた時代にとっては、まさに致命的といえる文章です。
 もっとも、私の関心はそうした時代背景ではなく、ここで語られる雨乞いの儀礼らしい記述に寄せられました。

 干ばつは水道施設の発達した現代でも大きく農作物に影響を与え、私達の食卓にのぼるものを変化させます。
 ですので、こうした技術がまだ模索時代だった時代においての、「雨が降らない」という事態の恐怖はまったく想像してあまりあるものがあります。
 土地が異なったとしても、そのような日照りを避けようとする儀礼が残されているのはむしろ当然のことで、かえって遥か遠い異国の地にも日常を暮らす生活が横たわっていることを知るきっかけとなって、どことなくほっとさせられます。
 特にそうした普遍的な儀礼や祭式で、歴史も風土も異なる地域をくらべて思わぬ類似を見ますと。
 と、前置きが長くなりましたが、16世紀前半のフランス南西部の都市で行われていた雨乞いの儀式は、おそらくだれか聖者の像を安置されている祠堂より取り出して町中をねりまわるというものですが、こうした普段は尊ばれる聖体を乱暴に扱い、雨を祈願する祭祀は日本でも多く見受けられます。
 柳田国男の遺したメモを分類して事典形式に編纂した『分類祭祀習俗語彙』といういささか古い本があるのですが、ここでは「雨乞い」だけで1節が与えられて日本各地での多くの祭祀が紹介されておりますが、そのなかに地蔵を用いたものがいくつか挙げられています。

 ヒヤケジゾウ  奈良県添上郡月瀬村で、大字ごとに火焼地蔵というのがあり、雨乞いの祷りに石像の頭に火をあげるという。
 コエカケジゾウ  山形県最上郡安楽城村(現・真室川町)に肥掛地蔵というのが滝の上にあるという。雨が降らぬときは、こやしをこれにかける。清めるために雨が降るという(山村手帖)。
 アマゴイジゾウ  雨乞い地蔵。アメジゾウともいう。秋田県仙北郡花館村滝宮(現・大曲市)の御神体の石地蔵は、旱の年に長い綱をつけて供福寺の淵に沈めて雨乞いをするのでこの名がある。また静岡県安倍郡旧安東村北安東にも雨乞い地蔵があるが、これは縛って水に沈めるようなことはない。和歌山県西牟婁郡中芳養村(現・牟婁町)ドロ本の石地蔵は雨乞いにあたって頸まで水にひたすという(郷土研究一ノ六)。

 こんな風に身近にある祈願を捧げられる存在であった地蔵と前の彫像との扱いの類似を見ますと、距離や時間の差というのは、ヒトを絶対的に隔てるものでもないのだなと思わされます。

 また、ごぞんじの通り、キリスト教はそれまで各地に根ざしていた儀礼や風習を排し、画一的な信仰を規定することで勢力を大きくしていきました。その短所は長所とともに語られるべきでしょうから、是非をうんぬんすることは私にはできません。ただ、面白いと思うのは、ヨーロッパという広大な地域で既に人口に膾炙していたキリスト教文化のなかで、フランスという先進国の大都市であっても、こうした前時代的な風習が普通に息吹いていたということです。
 土地に根付く文化や心情というのは、そうそう変わるものではないのだなとも考えさせられます。

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短命から長命へ

 平賀源内の著となる戯作『根南志具佐(ねなしぐさ)』は、実在の歌舞伎役者の女形瀬川菊之丞に惚れ込んだ閻魔大王がなんとか自分のもとに彼女(彼氏)を連れて来いと駄々をこねて周囲をてんてこまいにさせる男色ドタバタコメディ(にしてはラストはちょっと残酷ではあります)です。
 その「四之巻」冒頭の江戸両国橋近傍の場景を描いた文章は、混雑具合を矢継ぎ早に風景をたたみかける活写で有名なのですが、ふと次の部分が目に留まりました。

 かたへには軽業の太鼓雲に響けば、雷も臍をかゝへて迯去り、素麪の高盛は、降りつゝの手尓葉を移して、小人嶋の不二山かと思ほゆ。長命丸の看板に、親子連は袖を掩ひ、編笠提げた男には、田舎侍懐をおさへてかた寄り、利口のほうかしは豆と徳利を覆へし、西瓜のたち売は、行燈の朱を奪ふ事を憎む。


 軽業師が太鼓を打ち鳴らしつつ技芸を披露しているとなりでは、負けないほどに水切りのスナップをきかせて素麺屋が盛りを山にしているうんぬんかんぬんという個所をつらつら引用いたしましたが、気になったのは「長命丸」という単語なのです。
 私の参照いたしました岩波書店の日本古典文学大系『風来山人集』の校訂者中村幸彦の注では、「両国やげん堀四つ目屋忠兵衛で売る媚薬」とあり、さらに補注として、

 未知庵主人著川柳四目屋攷に詳しい。この薬は、紅毛長命丸とも称し、男性が外用して、局部の感覚を麻痺させて、その時間を延長する薬だという。なお同書にはその功能、使用法や製法も述べてある。


 といたれりつくせりな一文が添えられております。
 なにも回春薬的な作用に興味があったのではなく、男性の房事薬の名前に「長命」という単語のまじっている点から、落語の「長命」が思い出されたからです。

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動物との交わりについて

 渡辺一夫の『泰平の日記』は、1515年1月から1536年8月までの記述を残したパリの無名の一市民の日記を手掛かりとして、近代初頭のフランスの精神史を描く著書ですが、そのなかで、次のようなエピソードが紹介されています。

 また、月日は不明ですが、恐らく一五三三年の末に、ブロワの町で、獣姦sodomie常習のイタリヤ人が火刑に処されているという記録が『日記』に残されていますが、その記述にすぐ続いて、翌一五三四年の一月、フィレンツェ生れのイタリヤ商人で、同じく獣姦常習者が捕えられて、パリで裁判にかけられて、罰金を支払い、辛うじて生命をまっとうしたという記録も見られます。


 この獣姦が死罪、それも生きたまま火にくべられる残酷な火刑をもって罰せられたというのは、三輪山伝説や安倍晴明の信太妻説話、さらに時代がくだって落語の「お若伊之助」などを持つ日本人からすると、少なからぬ文化的な違和に戸惑いを覚えずにはいられません。
 そもそもキリスト教における獣姦の禁止は、旧約聖書『レビ記』第18章23節「あなたは獣と交わり、これによって身を汚してはならない。また女も獣の前に立って、これと交わってはならない。これは道にはずれたことである」を嚆矢とします。
 例えば日本におけるかつての肉食の禁止などを含めて、宗教的な規範というのは、いずれそれが根付き受け継がれていく必然があったもので、その可否は、時代も地域も異なる人間が云々したところでしかたのない点も多いです。
 ただ、そうした罪に対するひとびとの感性の推移を調べてみることは、これは後世を生きる私たちにとりましても、無駄とばかりはいえないと思います。

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